| 2004年 10月 2日(土) |
浅見日記、新風と共に去りぬ。
イチローが大リーグ記録を更新しましたね。
心から凄みを感じると共に、スポーツ観戦に対しての日本人的な見方の問題点があらわになっていた気がします。
というのも、大概の日本人のスポーツ感は、一斉に喜んでいつのまにか忘れているというのが常だという点です。サッカーにしろ、野球にしろ、オリンピックにしろ、メディア報道が熱くなると共に、日本人の関心度も高くなりはじめ、クライマックスを通り過ぎるといつのまにか過去になって忘れ去られてしまう気がします。ピックアップされたホットな部分だけを見て熱を上げ高揚した気分に浸り、その場限りで熱くなっている民族がまさに日本人なのではないか。事実この国には、にわかファンがどんなに多いことか・・・都合がよろしすぎます。何を隠そう僕もその一人ですが。
スポーツにかかわらず、日本人は『記録』に弱い気がします。
例えば、
「今日で、谷さんの連続日記更新記録が300日となりました。おめでとうございます」
というような記録でも、それはそれで祝福の賛辞をみんなが贈るでしょう。しかし、一週間も経つと、それは絵空事だったかのように私たちの心の中からキレイさっぱり消えてしまうはずです。内容云々よりも記録という響きへの賛辞に過ぎないからです。谷さん、ごめんなさい。もちろん、イチローは偉大で素晴らしい記録を成し遂げていますので全てが全て内容が伴っていないわけではありません。かといって谷さんが凄くないと言っているわけでも、もちろん、ありません。
では何が一体問題なのか?
多分何も問題はないのかも知れません。しかし、僕の場合、妙に哲学的になってしまうのです。例えばこんな感じです。
「イチローが大リーグ記録を更新した。すごい、凄すぎる。ではなぜ世界最高峰のメジャーリーグで長い間破られなかった記録が、ほんの小さな島国からやってきた、まだ若いイチローによって破られたのか。きっと、これは世界最高のバットコントロールを身に付けるまでのひたむきで緻密な鍛錬にとって可能になったことなのだろう。はたして、そういう努力を今の自分はできているのか。今日こうして俺はただの傍観者に甘んじていてはいけないはずだ。イチローが名も知られていない日からひたむきに努力を重ねてきたように自分も日々鍛錬しなければいけない。あぁこうして日記をタイピングしている暇なんぞ、もったいなくてしょうがないではないか・・・」
イチローは僕に何かを気が付かせてくれました。
・・・という流れで、僕の日記は今日を持って次にお声が掛かるまでの長い充電期間に入ります。文字通り、自分鍛錬の期間とでもいいましょうか。目を通してくれていたみなさん、ありがとうございました。
さて、来週からの担当を発表したいと思います。
なんと、なんと、それは明日のお楽しみです☆
きっとまた新しい風がスピーチセミナーの交換日記コーナーに舞い降りることでしょう☆
では、またいつか浅見日記でお会いしましょう☆
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