| 2005年 1月 16日(日) |
。。。11人の宴。。。
みなさん、こんにちは。
今日のテーマは「支え合い」です。
まず本題に入る前に、僕は最近、当たり前すぎて忘れていた自分の恵まれすぎている境遇を改めて実感するようになっています、ということから書きたいのです。
僕の住んでいる家の最寄り駅は池袋駅から西武池袋線でわずか5駅。大学への通学時間は家から30分程度。生まれてこのかた、一度も実家を離れたことがなく、『池袋』といえば物心ついた頃から、よくサンシャインに家族と出掛けたり、一人で自転車で散歩しに行ったり、友達とゲームセンターに遊びに行ったりと本当に身近な場所でした。
浪人時代は河合塾池袋校と代々木ゼミナール池袋校を一年ずつ「はしご」し、ようやく決まった大学が、これまた西池袋に位置する立教大学でありました。これほどまでに生活空間が『池袋』という土地に密着した生い立ちを僕自身は当たり前のことだと捉えて今日まで過ごしてきました。
ところが、大学の身近にいる多くの友人が、両親の期待を背負って東京という場所に上京してきて、人間関係や土地勘など全てゼロの地点から出発して今日まで至っているということを思い起こした時、どれほど自分が恵まれていて、その恵まれた環境に甘え、のほほんと来てしまったということに気が付かされたのです。
背負うもののある人たち、志の高い人たち、そして、これまで多くの人に関わってきた中で受けた支えにもう一度感謝したいというのが今日のテーマの一部です。
話は先日の会員総会のあとの飲み会へとつながります。
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14日の会員総会のあと、高橋司くんの呼びかけで僕らは庄屋に赴きました。
最初は、司くん、よしきくんと僕の三人でわいわいやっていたのですが、そのうち三好君と川俣さんが合流、そして出路君、その後にコミの岩淵君、中根君、奥原君と来て(この時点で八人席がいっぱいになり)、その後にスピーチセミナーの加奈子ちゃんとディベートセミナーの裕美ちゃんが来てくれました。さぁ、この11人の皆が八人席を所狭しと囲っている状態を想像できる方はしてみて下さい・・・・・・。まさに異様な光景です。もちろん部分としては華やかなのですが、また部分としては男祭りなわけなんです。しかも出来上がってしまってるわけです。
(空白の時間)
僕が覚えている光景は皆が笑顔で話しながら飲んでいたという絵までで、そのあとのことは書くことができません。そのあとのことはほとんど覚えていないからです。
記憶が始まるのは、出路君の肩につかまってうなりながら、泣きそうな声を出しながら、自分の自宅の玄関になだれ込む自分を認識した瞬間からです。父親の声が聞こえてきて、妹が見えて、出路君が僕の部屋までぼくを抱えて連れて行ってくれて、僕はただ「出路、すまない」という思いとともに自分の布団に飛び込んだということまでです。一体、僕は何者なのでしょう?
次の日の朝、体中が機械のようにギスギスした感覚を感じながら、みんなに懺悔のメールをするのが精一杯でした。お世話になったみんな、本当にありがとうございました。(こういう場ではあまり軽はずみに礼を言うのはためらうのだけれども、今はそういう気持ちです。)
まとめに入りましょう。
今回、切に感じたことは、人は多くの人に助けられ支えられながら生きているということ。
どんな生い立ちであれ、どんな境遇であれ、人間関係は支え合いの中で成り立っていると思います。自分が受けた分だけいつか人に返せるようにしたいと、本気で思った経験でした。ちょっと宗教がかってますが、今はそんな気持ちです。(宗教を否定するわけではありませんよ。むしろ信仰を持っている方を僕は肯定的に捉えています。いつか宗教についても自分の意見を書こうかな・・・。)
後日談を書くと、僕のほかにも中根君が○○さんの家に搬送されたり、司君が僕のようにこてこてに酔いつぶれたということです。みなさん、くれぐれも気をつけましょうね。
お読みいただきありがとうございました。
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