| 2005年 1月 17日(月) |
★★★車窓からの空想★★★
僕はいま、毎朝使っている通学電車の車窓から流れる景色を眺めている。
自分の駅から出発する電車は、地上から高い場所を走っている。踏み切りによる渋滞対策のために数年前から高架式の駅になったのだ。
車窓に見えるものは高い目線から見下ろしたような景色たち。
ひしめき合った家々の屋根、生活感を感じさせる洗濯物、閑散とした路地裏、
誰もいない公園、まだ葉っぱをつけていない痩せた木々など、いかにも冬らしさをまとった景色。そんな景色たちを包み込むように晴れ渡る冬の青空が広がっている。
高架電車の車窓から、遠くに目を向けると、青空の下にどこまでも遠く住宅が群がっているように見える。
『外国人が東京の住宅地を「うさぎ小屋」と表現したのもうなずけるなぁ・・・。
でもね、外国人のみなさん、その雑多が混在した生活空間が東京の東京らしい風流なんです・・・。』
と、心の中で少しだけ反論してみたりする。
『あぁこうして流れていく景色に身をおいて、自分の足で歩きながらゆっくり写真でも撮れるものなら、それはそれは風情ある贅沢な時間になるのになぁ』
いくつかの駅を通過して電車は地上に降り、走り続けている。
電車はひた走り、車体が大通りと重なる踏み切りにさしかかる。
僕の目には、踏み切り待ちの長蛇の車が飛び込んでくる。地上に電車が走っているため、
朝のラッシュ時には電車と車の道の取り合いが未だに起こっているのだ。文明とは皮肉なもので、便利なものが生み出される裏側では常に何かが犠牲にならなくてはいけない。
何もかもを豊かに整えたかのように慢心していた人類は、ある日、環境をないがしろにしてきたことに気が付いた。
華やかに思えた21世紀の幕開けは、物やお金への執着が心の豊かさをも見失なわせてしまう時代だった。そんな時代に生きる人間という生き物。それは、まさに今の自分だ・・・。
とてもとても暗い空想をしている。きっとこれはまったくの空想であるのだ。
空はこんなに青く澄み渡っているではないか。
そういえば、今日は阪神大震災という自然の脅威から10年目の日であるのか・・・。
あぁどうか僕の目に映る今日の青い空がいつまでも青い空でありますように・・・。
お読みいただきありがとうございました。
また明日。
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