| 2005年 1月 9日(日) |
≪浅見日記、番外編≫
英検の試験監督な一日。
だと思ったら、今日は
受験者を入口のドア越しで誘導する仕事。
正直、楽な仕事きちゃったって思った。
けど、一番過酷な仕事だった。
なにがって、
外には雪がちらほら舞う。そんな中、常に外気に触れていなければ
いけない。10秒たっているだけでもう我慢できないくらいの寒さ。
気温4度。
たくさんの児童、たくさんの親御さん、そして中学生、高校生、
障害を持っている方。一気にたくさんの人たちを迎え入れる。
同時に靴カバーの配布(土足厳禁の場所のため)。
その数、のべ1000人。
冷気で手がかじかむ。& 寒さでうまく喋れない。
やってて、おもしろいことに気が付く
受験者:「すみません、スリッパ忘れてしまったんですけど、靴カバー貸してもらえますか」
という全く同じフレーズ×100以上
自分:「はい、どうぞ。靴の上からそのままかぶせるようにしてください」(ジェスチャーもまじえながら)
大きな視野で考えれば、あるルールを作るとそのルールに多くの人は従う。
納得できないルールであっても、周りの皆が横並びに同じ行動をとると、
自分もその行動に従ってしまう。
これ、実は法律の縮図なのかも。つまり人は知らず知らずに従っている。
規範は理性よりも強し、か・・・。
そっくりの事象が退場の際にも起こる。
誰に言われるでもなく、空いた段ボールに不要の靴カバーを捨てる。
捨ててある靴カバーをみて次の人が投げ捨てる。
同じ繰り返しが人の流れだけ繰り返され、ダンボールいっぱいの靴カバー。
だけど、投げ捨ては終わらない。ダンボールからあふれているのに終わらない投げ捨て。
最初の一人にはなれなくても最後の一人にはなれる。それが人間の心理。
ふと、これがお賽銭だったらと思った。お金を投げ入れ、価値のあるお願いをする。
次々に人が並ぶ。叶う、叶わないではなく、お願いするためのお金。誰が考えたか・・・。
人間心理は惰性の塊。習慣は疑いを消してしまう。
ふと、マニュアルの不完全さに気が付く。
料理にたとえるなら、マニュアルはうまみ成分。
成分なだけ。調理しないとおいしくない。
マニュアルな人間は火を通してない鍋。
温度もなければ人間味もない。
だから、マニュアルに人間味を注ぐ。
外で自分の子供を待つ親御さんに、
「外寒いですので、中に入ってお待ち下さい。待合室もございますので、どうぞ。」
「あらっそう、じゃそうさせていただくわ。」
すると、あとで、たくさんのお礼とたくさんのありがとうをじかに言ってもらえる。
ただ今の社会、リスクを恐れてマニュアルを強制する。
君でもできる、私でもできる、彼でもできる
そう思った瞬間に世界はユーモアを失う。
唯一の君らしさは唯一の君のためにだけある。
まるでマニュアル化されてしまった大人たちが
社会を機械のように歩いている、としたら、おそろしい社会。
温度のない機械みたいだ。まさに機械が人間を殺そうとしている。
・・・なんて。
そんなことを思いながらも、ハリのある一日。
れなさん、テンション高いのはそういうわけでした。
<番外編おわり> つづく
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