| 2003年 7月 27日(日) |
俺のことはいいから・・・・
味スタでの第一日目。拓哉くんの足やっぱりよくなかったみたいだ。 でも、そんなこと感じさせないくらい笑顔、笑顔だったって。のりのりだったって。綺麗で、キュートで・色っぽくて・・・・凄まじいとか、壮絶なとか言う言葉が「美しい」を飾っている今の拓哉くん・・・・・どんなに頑張っても想像では届かないかもしれない。
暗転したときやはける時つらそうな顔をしているとも書いてあった。・・・でも、それはみんなには見せたくないのだ。拓哉くんは。「無理をしないで」なんていっても、絶対聞くわけないのだ。あの人は。だからこれ以上悪くならないことを祈りながら、楽しもう。みんなの熱いレポに身を任せよう。
コンサのレポを読んでいると、(私ののぞくところだから拓哉君中心なのは当たり前なのだけれど)、拓哉くんのことしかかいてない。拓哉くんしか見えていない。特別マルチアングルなのだ。5人いるのに絶対目はいつも拓哉くんを追っている。わかる。見ているのに見えていないの。中心だけきらめいているの。踊っているときはもちろん、そんなに身体を動かさず歌っているときも 、MCの時だって目がそこに行ってしまう。引力が特別なんだ。
気になる言葉を聞いた。アメフトで活躍している弟さんのことをさした言葉。「キ○サク」ってなに。
前にラジオに来たFAXに、「キ○パパ」って言葉が出た時、「俺のことはいい。でも、親父のことを、キ○パパっていうな。」って怒っていたことがあった。この弟さんをさして言っている言葉にも同じことを言うのではないか。
決して俺のことはいいからなんて思ってはいないだろうが、家族のことをそう呼ばれることは、もっと傷つくだろう。個々の人間としての存在を認めていない感じがするもの。自分のせいでって思うと余計つらいだろう。
昨年だったか某週刊誌に弟さんのアメフトのユニフォーム姿の写真と共に、「俺は木村拓哉と関係なく生きてきた。何も世話になったことはない。親父が家を建てたときも色々言われて迷惑だった。」というような決別宣言のような言葉が載っていたことがあった。
弟さんのことはよく知らないけれど、ラジオで「たまにしかあわないけど、家にくるとCDやジーンズをもっていく。」等と話して、年が離れた弟さんのことをかわいがっている様子を」感じたし、ざまをみろでも、「久しぶりに今度一緒にお墓参りをしようか。」なんて書いていたこともあった。しょっちゅう合うことはなくても心のつながりを感じた野に何でこんなことをとを週刊誌にと思った。
ただ、弟さんはずっとつらかっただろうなあとも思った。拓哉くんがデビューしたときはまだ小学生で、ずっと周りから木村拓哉の弟って見られて。そのことを利用しようとされたり、からかわれたり。自分のことでないことでいつも注目されて。「キ○タクの弟なのに・・・・」とか、「弟だから・・・・」いろいろいわれ続けてきたんだろうなと思う。
「俺は俺。俺自身を見てくれ」っていう彼の叫びが聞こえるような気がした。
そのニュースの時、一つだけ救われたこと。
キャスターだったかコメンテーターだったかは忘れたが、そのニュースの紹介の後。
「木村拓哉さんもつらいでしょうね。」と言う言葉でまとめてくれたこと。なんだかホッとしたことを覚えている。
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