| 2003年 8月 21日(木) |
獲物を狙う走り方
先日、日記で信長が見たいっと叫び声を上げたら・・天から、お優しい救いの糸が、ありがとうございます。これぞ、かめさまのおみちびき。
ということで、皆様から何光年も遅れてみました。
幸せでした。改めて役者、木村拓哉のすばらしさを感じました。
今更と言われるのでしょうか、いろんな凄さ(ココは絶対漢字で凄いと書きたい)を感じた作品でした。砂や泥にまみれた中に(とってつけたような汚れでなくちゃんときちゃないの)、パワーと気品を感じました。直垂を着た姿にはピンと張りつめたような美しさを感じました。
今の拓哉くんももちろん綺麗なのですが、「時分の花」というか、このころにはこのころにしかない輝きがあると思いました。
この間からしつこいのですが・・・惜しい、このころに映画を撮っておいて欲しかったと、また一層思いました。
いろんな凄さがある中で・・・ひとつ。(いっぱい書きたいけど、あきれられそうなので、今日のところはひとつ)
「走る」について。(もしかして、狙うと言ったほうが正確かも)
信長って、というか信長を演じているときの拓哉くんは、走るときに足元を見ない。
向かっていく、狙っている相手を見据え、そのターゲットに向かって真っ直ぐ走っていく。最初の争いのところもそうだった。
そして、城に戻って鉄砲の音を聞いたときも。
おそらく聞いた地点から、真っ直ぐきたのだろう。廊下をゆっくりなんて渡ってこなかったし、庭を走ってきたのでもない。
障害物も目に入らないような、興味のある音の出所に向かって一直線に駆けてきたのだろう。右下の庭から廊下の端をババーンと駆け上がり駆け下り画面の左側の父親のいる庭へ。その走り方、廊下と庭との高低差もものともせずというか、一瞬の躊躇もなく目は前にある獲物だけを視覚に入れたような走りだった。運動神経の良さという物も助けてはいるのだろうが、この走り方だけで、織田信長という人間を語るような走り方だった。
もうひとつは、猫を捕まえようとする信長。廊下の端わずか10cmぐらいをまるで、両手両足をのせ平均台を渡るように進んでいく。この時も目は前を向いたまま。
まえに、畳むという動作について話したけど、この相手に向かっていく様子一つについても、役を自分のものにして演じている。
またひとつ幸せをもらった感じがした。
この3つのシーンははじめの方で、まだまだ言いたいことはいっぱいで・・・・・
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