| 2002年 5月 2日(木) |
ジレンマ
昨日は 用事があったので みけ君を車で学校までお迎えに行きました。
お友達と3人で 校門から出てきたところを捕獲。
ところが みけ君。「ただいま」も 言いません。顔も 能面のよう。
途中 買い物をして 帰宅しても ずっと無言。制服着替える時も どっしんばったん。
あれぇ なんか怒ってるのかな? お友達とバス停まで 歩きたかったのかしら。
でも 校門出てきたときから なんか元気がないような気がしたし…
なにか 学校で嫌なことでもあったのかな?学校に聞いてみたほうがいいのかな?
観察を続ける母。私を追い回すこともなく 夕食後はいつもの「レンゲ畑の蜜蜂」が出たので
もう少し様子を見ましょう。
お話できる子も大変みたいだけど しゃべれない子の母もつらいデス。
最近 私が感じるジレンマ。
「勉強しなくちゃ」と思うし 「勉強したい」とも思います。
自閉症はもちろんですが 他の障がいについても知りたいと思っています。
ただ 他の障がいはともかく 自閉症について勉強するほど 周りとの溝が深くなっちゃうような気がするのです。
これは 極端な例ですが この前ある人とお話していてみけ君のこと「オウム返しみたいでしょう。でも…」と言いかけたら 相手の人がとても無邪気に「オウム返しってなんですか」
「へっ?」その場は 言葉の意味を説明してすんだけど あとから色々考えてしまいました。
「オウム返しって 専門用語じゃないよね。最近は使わないのかな。まさか差別語じゃないよね
」この人の場合 率直に聞き返してくれたから かえって良かったけど。
相手は 意味がわからないままうなずいていて 私も相手が理解してると思って しゃべってる場合があるのでは…
私は どっちかと言うと言葉の吸収はいいほうだと思います。
で つい使っちゃうのですよね。もちろん 相手見て 学校の先生 療育関係者 福祉関係者
障がい児の親なんかの場合ですが…
「高機能」「受動型」「LD」etc
やはり相手が理解していることを確認しながら アタマの中の変換モードで わかりやすい言い方に切り替えるしかないのかな。
でも 相手が聞き返してくれなきゃ 理解してるかどうか不明だし 厳密に言えば私にとって
日常語になってる「自閉症」だって 相手がどれくらい理解してるかわからないでしょう。
それについては 失敗談がありまして。
私が 趣味で書き込みしている 「自閉症」とも「障がい」ともまったく無関係のHPなんですが
管理人さんの語り口の軽妙さも好きですが HPの構成全体に気配りとか優しさを感じさせるところがまた好きでした。
この管理人さんに メールを出すことになって 話の流れから子供たちの障がいに触れないわけにいかず 「自閉症と言っても ゲームばかりしているわけではありません」と 冗談交じりに書いたら お返事に「良くわかっています。昔 そういうかたたち相手のボランティアさせていただいていましたから」
あぁ あの優しさと気配りは タダモノではないと思っていたけど やっぱりねぇ。
「させていただいていましたから」というのも いいわぁ。と思う反面 なんかすごくおマヌケ
なこと書いちゃった。「あつものに懲りてなますをふく」と言うけれど ここんとこあつものばっかりで 唇やけどばっかししていたからなぁと反省もいたしました。
かく言う私ですが 掲示板で「エコラリア」と言う言葉を見たときは「? なんか新しい病気かしら」と思ったのですが。
「エコラリア」→「エコー」→「こだま」→「オウム返し」のことだったんですね。(笑)
そう知った時は ますますアタマの中の変換モードの大切さを感じたのですが 物事そう単純なものでもないようで…
先日 ボランティアさんとしゃべっているときに ボランティアさんが「子供さんの障がいを
○○と呼んでちょうだいというおかあさんがいるんですよ」「あぁ その言い方 私も時々
耳にしますが 私はその言い方好きじゃないから 使ったことありません」「そうなんですよ。
ぼくも 使えないんですよ。でもおかあさんによっては 勉強した本や師事している先生によって 使う言葉も違いますから」
えっ?! そうなんですか。あれって 好き 嫌いじゃなかったんだ…
私は 今のところ他人から「こういう言い方してちょうだい」と言われたことはないし 他人に「こういう言いかたしてちょうだい」と言うつもりもないけど…
私が 何の気なしに使っている言葉も たまたま私が読んだ本の先生の 言葉だったのかも…
私は こういうアバウトな人間だから 特に支持している先生と言うのはいませんが…
「障がい」と言う言葉にも 人それぞれの思い考えがあるということが 先日の日記でわかって
それは とても嬉しかったのですが。
今回の用語の問題は かなりジレンマです。
子供のころ 世界は私にとって とてもシンプルでした。
私は 本を読むのが大好きな少女で 「知るは楽しみなり」は まさに自分のためにある言葉だと思っていました。
大人になって いろんな嫌な現実を見聞きし 「大人になるということは 知りたくないと言うことが増えると言うことなのね」とひねくれた時期もありました。
最近 また いろんなことを知りたいと思っています。
「何のために?」「う〜ん 子供たちのためでもあるんだけど 新しいこと 別に障がいのことだけじゃなく 花の名前ひとつでも 知った瞬間嬉しいから」
ただ 世界は昔のようにシンプルではありません。
なのに シンプルなままの私のアタマ。
はぁ〜 ジレンマ。
今日は みけ君をバス停までお迎えです。
今日は みけ君は笑顔を見せてくれるでしょうか。
明日から また連休ですね。楽しい休日をお過ごしください。
今日も 読んでくださって どうもありがとう。