2004年 2月 21日(土)

Leaving Euro

モーニングコールで目がさめる。 妻の腕時計は頼んだ時間である4時ではなく3時を指している。時計は電池入れ換えたばかりなのに。もう一回フロントに「今何時?」と聞く。「4時」。昨日のオペラ開催時間までは合っていた筈なのにオカシイけど間違えない。。。時計の針を直して、こうやってチェックアウト、ローマからパリへ。ここで妻の時計は8時半、でも空港の時計は9時半過ぎ。。。時差はない筈なのに。。。 この時計がオカシイのか? 私の腕時計だったらどうなったであろうか? やはりそう指針したのだろうか? フォロ・ロマーノでのアウグウストフ帝の呪いとか冗談で思っていたけど呪いではなく実は時計を捨てさせたのかもしれない、「自分で何事も確認しなさい」ということなのだろうか? それとも単なる「時間の悪ふざけ」なのか? 腕時計が飛行機出発前のそれぞれ1時間遅れたのは何より致命的なことは確かだ。

DUTYFREEショップで急いで買い物していると日本語のアナウンスで呼ばれた。タイムアウト、買い物はここまで。 登場ゲートを通って飛行機までのバスの前に行くと私らだけを待っていた人達の白い視線が待っていた、やってしまった〜 かくして飛行機に乗りこみ旅行は成田まで終わることになる。


<飛行機内で観た映画>
「ファインディング・ニモ」
小さい液晶画面でもリアルに見える、この技術は恐ろしい。 近い将来俳優は要らなくなるかもしれない。 でも声はやはり一流の俳優の仕事なんですね、全部デジタルは出来ないけど、アニメの声優のように何役かは出来る人が出てくるのか? 物語は優等生的な話で親子向けな話だった。

「The Quiet American(原題)」
マイケル・ケイン扮するイギリスのジャーナリストがフランスからの植民地からの独立での戦乱での現地ベトナム女性とのロマンスを混ぜた物語、欧米の中年男性のアジア人女性の勝手な憧れ(ファンタジー)と我侭が如実に現れていた。

<飛行機内で観たライブ>
「ボビー・マクラフリン ライブ」
凄い、伴奏無しのでの全くのソロとゲストを迎えるもののセット。
特にリチャード・ボナとのドュオはアフリカン・ポリリズムからカントリー風まで織り交ぜる即興の嵐。 この二人だけの企画ものがあらためて聞きたいと思う。 ライブ会場は親子連れが多いところのようで、これを聴けた子どもは本当に幸せ者だ、こういう生きた学習をする環境があるアメリカは、いろいろと問題ある国であるけど、素晴らしい一面を持っていると認めなければなければならないところでしょう。




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