| 2003年 1月 3日(金) |
あえて今日は。
今日も朝からお酒を飲んで好きな音楽を聴いてお正月を超満喫〜♪
…といきたいトコロなんだけども…実際は朝から病院へ。
病院に行った理由は、
血糖値の計り方と、インシュリンの打ち方を覚えるため。
おじいちゃんの為に。
先月からまともに日記もかけなかった原因。
それは祖父の糖尿病の悪化。
あまり他人の事を日記で書いてもしょうがないかもしれないけど
あえて今日は自分の為にまとめて書いて置く事に。
自分はおじいちゃん子。
昔から共働きの親に変わっていつも変わりに遊んでくれていたのはおじいちゃん。
家もスグそばで、徒歩5分の距離。
そのおじいちゃんが糖尿病になってから10年ぐらい経ったろうか。
現代の成人病の一つである糖尿病は、現在の医療技術でも完治出来ない病。
原因は主に食生活の不摂生。高コレステロールの物や、甘い物を取り続けるとなるらしい。
正直細かい病状は自分には良く解らない。
ただハッキリ解っている事は一度なると絶対に直らないというコト。
さらに解っているのは糖尿病によってもたらされる弊害は数多いという事。
この病気は簡単に言うと体内に入った食物に含まれる糖分を
自らの力で分解出来なくなる病気。
それによってどうなるかと言うと、
血液中の糖分(通称血糖値)のコントロールが出来なくなり、それが吾上がりすぎても下がりすぎても
意識を失い、放って置くと死に至る。
が、これはこの病気の結末であり過程ではない。
この病気の最大の問題は、常に悪化しつづける事と、悪化に伴い付随する病気の数々。
そして現状を悪化させない為に必要な徹底した食生活の管理。
確かに前記の二つはどんな病気にもあるかもしれない。
病気による免疫力や体力の低下からなる新たな病気の発症や感染症問題。
が、最後の一つは糖尿病だけだろう。
とにかく好きな時に、好きなように物が飲み食い出来ないのだ。
疲れたと言ってジュース一本飲んだとたん急激に血糖値が上昇し、
高血糖状態を招き意識を失う。
逆に、ご飯を食べなくても低血糖を引き起こして意識を失う。
高くてもダメ。低くてもダメ。
その絶妙なバランスを日々保つために食べる量は細かく計算し、
塩分、糖分、コレステロールを徹底的に控えた食生活が毎日続く。
それも死ぬまで。
考えられるだろうか。デザートも間食も無い生活。
肉の無い食卓。塩分を抑えた食事。食後のコーヒーなんて論外。
つまり人生における食の楽しみが完全に絶たれる事になる。
それが血液中の糖分を分解できないというコトの恐ろしさ。
病状が軽ければ軽いほど、病気である自覚がなく、ついつい食べてしまう。
それが高血糖を招き、どんどん病状を悪化させて行く。
普段の食事が、まるで麻薬の様に体を蝕んで行く病気。
最初祖父も、食事後に血糖値を下げる薬は飲み薬だった。
それがいつの間にか直接インシュリンを注射しなければならない体に。
今はそれが朝と晩。
日々計算して食生活を送っていたものの、それでも悪化して去年の10月に入院。
一度インシュリンの量や、食事の量を計算し直す事に。
でも12月の頭にはなんとか退院出来た。
だがそれからがひどかった。
昼夜問わず、指定した量の食事と薬を投与していたにも関わらず、
低血糖寸前の状態に陥る事が多々発生。
その度に自分や母が、缶コーヒーを買って飲ませに走る日々。
一緒に済んでいる祖母の連絡で駆けつけた時には既に低血糖の症状が見え始めている状態。
そうなると朦朧と意識はあるのだが、祖父は体を動かす事が出来ず、自分で飲む事も出来ない。
その為自分がスプーンですくって口へ運ぶ。
そうこうしているうちに意識を完全に取り戻し、
元のなんて事の無いいつもの元気なカンジのおじいちゃんに戻る。
が、忘れもしない21日。
夜中、気付いた祖母からの連絡が遅かったのか、
家に着いた時祖父は低血糖の症状で、床にわめきながらのた打ち回り、暴れている状態。
(後に解ったのだが、低血糖の状態が続くと脳に酸素が行かなくなり意識を失い、苦しくて無意識に暴れるらしい)
自分達が見えているのか見えていないのか、声が聞えてるのか聞えていないのか何も解らず、
ただ祖父は声を上げ暴れてる状態。
暴れる体を押さえつけながら、現状を打開すべく何か飲ませようとするが、
口に入れてもすぐに吐き出して全然飲み込まない。
この状態が続いたら死に至るだろうと救急車を呼ぶ。
その間も、ずっと意識無く暴れる祖父と格闘。
救急隊員の人が駆けつけ、病院に着くまで自分も一緒に付き添いながら、
なお暴れる祖父の手を握り簡易ベットに押さえつけ40分。
生きた心地のしない時間だった。
だが病院に着いた直後から少しづづ意識を取り戻すおじいちゃん。
救急車の中で処置し続けた酸素と、暴れる前に飲ませていた飲み物のお陰で、
付き添った自分や母が病院から出る頃には、いつもどおりのおじいちゃんだった。
しかし、暴れている間の事は何も記憶に無いらしい。
これには不思議としか言いようが無い。
そういえば、慌てていてまともに救急隊員の人にちゃんとお礼も言えなかったが、
隊員の方が一言「お大事に」と言って去っていく様が
本当にCOOLでかっこよかった。
あの修羅場に文句の一つも言わずに去って行くなんて、
彼らの背中に真のオトコを見た気がする。
それからそのまま入院したので落ち着くと思ったのだが
入院先の祖父からの電話連絡でほぼ毎日低血糖を起こしている事を聞いて驚愕。
こうなったら原因はどんなバカでもわかる。
投与するインシュリンの量が多いのだ。
正直この時ばかりは病院側の怠慢な態度に怒り狂う。
もし指定された量を、その後家でそのまま投与し続けていたら、
毎日低血糖を引き起こす所だった。
病院側にとってはただのお客さんかもしれないが、自分にとっては家族なのだ。
もっとマジメに対応して欲しいものだ。
その後、今回緊急入院する前に、別の病院で手術の予定を控えていた祖父は、
その別の病院との間を検査の為に行ったり来たり。
その送り向かいは自分が担当。
朝6時に起きて入院中の病院に迎に行き、検査先の病院へ。
それが終ったらまた入院中の病院へ。片道1時間30分。
自分はいくら時間が掛かって疲れても、死ぬわけじゃないので構わないが、
祖父は体を動かしただけで血糖値が下がる上、検査の日は朝食を取らずに病院を出る為に、
いつ低血糖を起こすか心配で、精神が磨り減る日々が。
それが大体先月のクリスマス近辺から年末まで。
そして今年の5日、今の病院を退院する事が解ったので、
その前に血糖値を計る方法とインシュリンの摂取の仕方を看護婦さんから今日学んできた。
特に血糖値はだれもがスグに測れないと困るという事を、
以前の事件を目の当たりにして痛感していた。
実際初期症状を見ただけでは、シロートの自分達には高血糖なのか低血糖なのか解らない。
判断を間違って、もし高血糖の時に甘いもを摂取させたらそれこそ命に関わる。
だからその為にも現在の血糖値ぐらいスグに計れる様になっておくのは、家族として当然の義務。
いやむしろ遅すぎた。
もっと早くに覚えていれば、こんな事になる前に対処出来たはずなのだから。
自分としては昔から、いや今も世話になっているおじいちゃんに少しでも長生きしてもらいたい。
最近胃癌が発覚して今月の手術で胃を三分の二ほど取る事にもなったが、
それでも生きて行けるのだから生きて欲しいと思う。
無責任かもしれないが、今は「生きていればいいこともある」という言葉を信じたいと思う。
先月は怒ったり疲れたり悲しんだり、もう一杯一杯だったが、
まとめて書いて少し楽になった様な気がする。
まだ色々問題はあるものの、それはおじいちゃんの問題。
自分は頑張って今まで通り作品作りに専念するだけだ。
出来れば何の心配も無く、穏やかな気持ちで執筆できれば良いのだけれど。
今書きながら一息ついて聞く赤ちゃんの泣き声に、心底命の不思議を感じる。
仏教では赤ちゃんが泣くのは、この世に生まれた苦しみを嘆いていると言うらしいが…
本当の所はまさに神のみぞ知るといったところか。