2004年 6月 9日(水)

「大人」の私


久し振りの晴れ間☆

 洗濯機を何度もフル回転させ 洗濯オバさんは頑張りましたっ!!

 最後に ダイもシャンプー♪

 野生児だからスグに汚れるんだよなぁ。。。。
 
 明日も晴れ、との予報。

 さて明日は何 洗おう!?(笑)




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 グリム童話に こんな話がある。

 オランダのある町で幼い子供達が遊んでいるうち 動物の役をしていた子供を倒して、死なせてしまった。

 そこへ議員が通りかかり 死なせた男の子を引っ立てて 市長の家に連れて行った。

 市長は議員を集めて相談したが どうしたらいいか分からない。

 そこで長老の議員が知恵を出した。

 右手に赤いリンゴを、左手に銀貨を載せて、男の子に見せるがよい。

 もしリンゴを取れば未熟な子供だから無罪にし、銀貨を取れば一人前だから死刑にすべきだろう。

 

 男の子は笑いながらリンゴを選び、何も罪を受けずに済んだ。

 この話は色んな事を考えさせる。

 子供を大人と同じように裁いてはならない。

 そうした考え方は200年前には既に広まっていたようだ。

 未熟な子供と一人前の大人との境界がハッキリしていて 大人が区別していた事もうかがえる。

 今はどうだろう。

 日本では法律で刑罰の対象を14歳以上と区切っているが 社会では子供と大人の境界がぼやけてきているのではないか?

 子供を未熟と見るか、一人前と見るか 戸惑っている大人は少なくあるまい。

 リンゴと銀貨を見せれば 今は銀貨を欲しがる子供が多いだろう。
 
 多くの物を買い与えられ 小遣いももらいお金の価値を知っているからだ。

 子供向け商品の市場も 塾などの教育産業も 大きくなるばかりである。

 売り込む側は子供を一人前の消費者としてちやほやし、「小さな大人」と見る風潮も広がっている。

 かつては大人が知っている事をマダ知らないのが子供である、と言う事が出来た。

 だが、テレビやインターネットのお陰で 今の子供は大人と同じ情報を容易く手にする。

 しかし子供が、保護を必要とし 学ぶ事を保証されるのは未熟だからに他ならない。

 子供を守り、きちんと育てる為に 大人との境界をもう一度ハッキリさせる必要がある。

 身近な事で考えてみたい。

 大人は子供を叱る事を避けていないか。

 叱られなければ子供は褒められた時の喜びを味わえない。

 言葉遣いや服装、挨拶の乱れを見過ごしていないか。

 マナーを教える事は まず家庭の仕事だ。

 子供部屋を聖域にしていないか。

 小遣いで買えないような品物を持っているかどうかに目配りする事は 非行から守る事につながる。

 幼い子に化粧をさせる母親が増えている。

 大人の真似を褒めそやし 実は自分のペットにしているだけでないか。

 大人と子供の境界がぼやけたのは 未熟な大人が増えたせいもあるだろう。

 境界をハッキリさせるのは、子供ではなく 大人の責任である。

                                <1994年5月5日 朝日新聞 社説より>


 
 私自身、何だか身につまされる文章だったので 紹介しました。

 大人の私。。。。ひとりの大人として、しっかりしなきゃ、デス★

 




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