| 2003年 3月 25日(火) |
走り屋というもの
私は走り屋と呼ばれる人間があまり好きではなかった。走り屋を自称していたにも関わらずである。
私が車による「走り」に目覚めたのは結構遅く20代後半になってからであった。当時仕事で出入りしていた運送屋に近くの山をテリトリーにしている面々がいたためエボを購入後しばらく付き合っていたのである。
彼らはほぼ同じ年代だったが、10代の頃から走り屋だったため私よりは確かにうまかった。
しかし、そのためかなり馬鹿にされ、車の整備を手伝おうものなら「へたくそが移る」とまで言う奴までいた。
ホームセンターで¥1980で売ってるような粗悪工具セットでGTRを整備していても無頓着で、山にも平気で空き缶を捨てる。
しかしそれでも、私のエボを乗り回したいばかりに山には誘ってきた。貸せばマックスターンやレブ当てばかりするくせに・・・
走り屋とはそんな連中ばかりだと思い、事故ったのをきっかけに「走り」をやめた。
それでも宝の持ち腐れといわれようがエボはいじり続けていたが・・・・・・
それから家業を継いだのを規にその連中とは縁が完全に切れた。
その頃インターネットをはじめ、LECSにも入り、車好き、走り好きにもいい人たちが多いことを知り、エボを手放さず乗っていてよかったと最近つくづく思う。
なぜ、こんなことをふと思い出したか?
事故ってからそろそろ4年。なんか思い出してしまった。もっとサーキットで腕を磨きたいと思う今日この頃。
今日は「引き分けに近い負け」いやなことも思い出し、雨で憂鬱だったけど仕事は順調に進んだので。