| 2003年 3月 26日(水) |
やっぱり高経大は、いい!
昨日は卒業式でした。飲み過ぎて今日は二日酔い。まだ若干気持ちが悪い。昨日も書いたとおり、M君宅で集まり、ビールや焼酎、6期Y君にいただいた日本酒などを飲みました。送っていただいた日本酒は青森の酒「酔匠」の純米大吟醸でしたが、めちゃくちゃうまく、あっという間に空になってしまいました。Y君、毎年ありがとう。でもあれで火がついたのか、飲み過ぎてしまいました。仕上げに出かけた「志摩」の料理は食えずじまいでした。
毎年、この時期になると再確認するのですが、やっぱり高経大はいい。卒業式の会場の外では、各部・各サークルの後輩たちが待ちかまえ卒業生を祝福します。大学構内では卒業式後、お願いすれば、応援団が卒業生一人一人にエールを送ってくれます。一方、学内の別のところでは、体育会、応援団、実行委員会などが新入生の下宿紹介を手伝っています。遠くからわが子を送り出す親にしてみれば、実際に下宿をしている学生からいろいろな話を聞けるのは何よりもありがたいはず。学生たちの働きぶりには頭が下がります。卒業の時には、卒業生の親が指導教官を訪ね挨拶をしてくれます。私のところにも何人かのお母さんがお見えになりました。
二日酔いなのでやめようかなと思ったのですが、卒業生たちと最後のウオーキングに出かけました。気持ちが悪かったので今日は単なる散歩という感じでしたが、風も爽やかでウオーキング日和でした。M君、君とは何十回も歩いたコース。しばらくは見られないだろうからこの風景を目に焼き付けておいてください。オッサンのウオーキングに最後まで付き合ってくれてありがとう。N君、今日のペースでもついてこられないのはやばい。4月からは健康管理に留意してください。健康なら君の出世は間違いなし。期待しています。Mさん、Tさん、初のウオーキングが最後になってしまいましたね。感想はいかがでしたか。C君、大切な勉強時間を割いて卒業生のウオーキングに付き合ってくれてありがとう。来年のこの時期は、大学院に合格した君と同じコースを歩きたいものです。そして、F君、京都は散歩に最適の町。自分の散歩コースを見つけて、研究生活のアクセントとしてください。
今日は、この他にも何人かのゼミ生と挨拶ができました。Nさんのお母さんにいただいた、おいしいイチゴを食べながら図書館前でしばらく話していたのですが、それぞれの時間がくると、一人一人みんなで送り出しました。写真をいっぱい撮って。アーチを作って。
さっき、大きな体のH君が最後の挨拶に来ました。あいつは涙もろいから。昨日から涙腺弛みっぱなしでしたけど、また、泣いてました。みんなとの別れが惜しめるほどに、そして、再会の日が待ち遠しいほどに、充実した時間を共有できたこと。一生の宝物。ひとまず、さようなら。元気でな。また会おう。
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M田
私は高校前半のころ、どうしようもないDQNでした。勉強もせず、ただのクルマ馬鹿でした。でも、高校の後半で心を入れ替え、受験勉強に励み、有名大学に入ることで、僕を支えてくれた人たちにせめてもの恩返しをしようと考えました。でも、センター試験で失敗し、急遽、志望校をこの高経にしました。有名どころは無理、俺は所詮この程度、と落ち込みました。最初、群馬なんか某クルマ漫画の舞台でしか知らず、群馬が嫌いでした。この大学に対しても良い印象はありませんでした。でも今では群馬、高経が大好きになりました。この4年間はマイナスの印象を覆すのに、十分なほど充実した生活でした。
1年では早くマイカーを持って、峠を走りたいと考えるばかりで、勉強より、バイトばかりでした。でもクルマを買って2年になったとき、先生と世界経済論の講義で出会いました。先生の講義ではいつも最後に、強制的に感想を書かされ、面倒なだけのハマリだと思ってました。
でもあるとき、私の感想を講義が始まる前に紹介し、コメントをしてくれました。このときのことは今でも鮮明に覚えています。
少し前までぜんぜん勉強ができなかったような俺の文章を、最後まで読んでくれていて、あまつさえ「おもしろい」と言ってくれました。
自分はそのとき、本当にうれしかったです。ただ、書かせているだけじゃなく、ちゃんと読んでくれていた。しかも、大学教授がこんな自分を評価してくれていた、と当時は喜んでいました。
今、そのことを思い出すと涙が止まりません。
この大学にきて、本当によかったです。あのとき勉強する楽しさを教えていただきました。
そしていろいろとあって、3年からこの矢野ゼミにやってきました。
普段のゼミ以外にも徹夜続きのディベートと合同ゼミ、合宿委員としての合宿、矢野ゼミだけの就職ガイダンス、そして厳しい卒論と数々のイベントがありました。ほんとに良い思い出です。
さらに勉強以外のことも、たくさん教えていただきました。特に就職活動では、礼儀がなっていない自分をいろいろと指導していただき、見事、志望していた自動車業界から内定をいただきました。愛知に帰ってもこれまで矢野ゼミで得た知識と経験を、「カイゼン」の精神に活用できるよう勉強を続けたいと思います。いつの日か、先生が私の関わったクルマを運転する、ということを夢見て、そして実現できるようにガンバってきます。
大学に行かせてくれた両親にも感謝しています。
ただのクルマオタクになっていたかも知れない自分が、今では大学教授からほめられる経済学部卒になりました。次は「立派」なサラリーマンを目指します。
「学ぶ場からはぐれるな」今、この言葉の意味がよくわかりました。学ぶ場は高経にもあります、矢野ゼミがある限り。有名大学にだけ行くのが、恩返しではありませんでした。大学に行っても勉強しなければ意味がありませんでした。今は胸をはって勉強してきた、と親に言えます。(イグサも)
学ぶ場に俺を引き止めてくれていた、ゼミのみんなにも感謝してます。
本当にお世話になりました。
また、一緒にウォーキングや筋トレをしてください。私はすぐに愛車で高崎に駆けつけます。
相変わらず文章表現が下手で、しかも長文でスイマセン。
次にお会いするときは、社会人として精神的に、そして筋トレを続けて肉体的にも一回り大きくなってお会いしましょう。
ありがとうございました。
10期M.M
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F井
M田君の書き込みを見て、いても立ってもいられなくなりました。僕もこの一週間、本当に多くの時を卒業生とともに過ごしました。そして先程もO西とH谷川君を見送ったところです。一人、また一人と去っていく彼らを見送るのはなんとも寂しいものです。僕にはとても耐えられません。去年もそうでしたが、しばらくは懐古主義になることでしょう。あの時は楽しかった。あいつはいい奴だった…。
人は前を見て進むべきだとよく言われます。そしてそれは正しいのでしょう。しかし、「過去は過去」と割り切って新しい環境にコミットしていくのを第一とする生き方には納得できません。振り返ることこそ忘れてはいけないと思うのです。
〜某漫画より、行方不明の男を何年も待ち続けるマリーを見た二人〜
女の子「私ねえ…思うけど…!!マリーさんて『ウシロムキ』だわ!!なんだかかわいそう!」
オッサン「『ウシロムキ』のどこがわるい!『マエムキ』って言葉に魅力があるだけだ。むくわれる可能性なんかに負けない恋だぜ。『ウシロムキ』けっこーじゃねーか!」
けっこーじゃねーか!「意味あるか」とかいう問題ではありません。僕はこの数日間、金と時間を卒業生と過ごすためだけに使いました。自分も相手も「別れ」を意識するこの時期は何物にも代え難いからです。あの時あいつがこう言った。あれがあったから今の自分がいる…。走馬灯のような記憶の洪水の中に「大切なもの」「譲れないもの」を再発見できる。二年連続で見送りを経験している自分にはその実感があるのです。…3月は切なくて、そして最高です…。
ですから…卒業生の皆さん、出て行く時、あるいは見送る時の気持ちを忘れてはいけません。卒業していない人、あえて残った人はなおさらです。ともにいた仲間ほど大切なものはありません。率先して再集合をかけましょう。はぐれてはダメです。絶対ダメです。
僕も「なぜかいる奴」でこれからも通します。みんな、これからもヨロシク!これこそ「ウシロムキ」があってはじめて滲み出てくる「マエムキ」だと思います。
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