| 2006年 8月 23日(水) |
院試にTOEFL?
指導教員の反対にもかかわらず、わがゼミでは毎年、大学院への進学希望者がいます。私の方から進学を勧めたゼミ生は、過去3名しかいません(別に、「研究」の道を勧めたわけではなく、彼らの進路を切り開くうえで、その方がよいと判断したからです。今は3人ともそれぞれの道で「メシ」を食えています)。私が進学を勧めない理由は、いろいろとありますが、手短に言ってしまえば、「考えが甘い!」「進学しても食えない!」「つまりは親不幸!」ということになります。「キャリア・ロンダリング」なんて、言語道断です。
口を酸っぱくして言っているにもかかわらず、それでも毎年、進学を希望するゼミ生がいます。基本的に反対です。進学はやめておいたほうがいいと思います。でもいくら私が反対したところで、最後は本人の意思次第。本人の志望動機が明確で、試験の合否からその後の人生まで、覚悟(!)を決めているのなら、そして、親もそれを承諾しているということなら、仕方がありません。毎日最低10時間は勉強するという約束のもと、私も進学を承諾し、私にできる限りの支援をすることにしています。毎年、夏休みというのは、進学希望者の最後の追い込みを見守る時期です。
日本において、大学院「経済学」研究科の入試をめぐる状況が最近変化しています。院試の英語をTOEFLにかえるところが増えているのです。いろいろと理由はあるのでしょうが、これについては疑問を感じています。
TOEFLは、英語を母国語としない人の英語能力を測るテストとして40年以上の歴史を誇る「老舗」ですが、日本の大学院の経済学研究科の入試で、なぜこれを利用しなくてはならないのでしょうか。アメリカやカナダ、イギリス、オーストラリアなどに留学する人は、何を学ぶにせよ、このスコアがひとつの目安になるのかもしれません。でも、何故、日本の、大学院経済学研究科の、英語の試験で、これを使わなければならないのでしょうか。
導入する大学は、「英語能力を総合的かつ客観的に測定できる」とか、「試験問題の作成・採点の手間が省ける」とか、理由を付けるのかもしれませんが、私はいくつかの点で疑問を感じます。
日本の大学院経済学研究科で学ぶ場合、「原書を読む」とか「雑誌論文を読む」ということが重要になると思いますが、TOEFLのスコアと社会科学の専門書を読みこなす能力はリンクするでしょうか。作文能力に関しても同じです。
また、より問題なのが高額の受験料です。TOEFLiBTの受験料は、170米ドル(直前申し込みだと195米ドル!)です。日本の大学院を受験するのに、何万円もの受験料以外に170ドルもかかる。しかも、ある程度のスコアアップを図るには、慣れるためにも何回も受けなくてはならない。金がかかって仕方がない。経済的に苦しい留学生はもちろん、国内学生だって大変しんどいわけです。
日本の大学院経済学研究科は、アメリカの大学の「下請け」ではないはずですから、是非、独自入試を行ない、日本の大学院経済学研究科で学ぶに足る能力を備えた学生かどうかを、各大学院で判断していただきたい。受験に際し、各大学院の受験料以外に余計な負担をさせないでいただきたいと思います。
まさかこんなところにも、アメリカの対日改造プログラムが反映されている、なんてことはないですよね?本山美彦先生のブログや『売られ続ける日本、買い漁るアメリカ』(ビジネス社、2006年、本体価格1300円)を読んだりすると、ふと、そんな不安がよぎったりもします。
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