| 2006年 8月 28日(月) |
過ぎゆく夏に思う・その1
高崎経済大学に赴任したのが、1991年4月。定年まで(生きて)いるとなると、65歳の誕生日を迎えたあと、2026年3月で定年退職ということになります。35年働くということになるんですね。ずいぶん先のことかというと、考えようによってはそうでもない。今年は大学教員として16年目のシーズンを迎えているわけですから、そろそろ「折り返し点」が近い、ということになるんです。夏も終わり頃になって、ふとそんなことに気づきました。馬齢を重ねているわけです。
先週、日経新聞夕刊の闘病日記っぽい欄に、脚本家のジェームス三木のインタビューが載っていました。その欄は、死の淵を垣間見てきたような、著名人の闘病体験が語られるところで、先日はアナウンサーの山川静夫の話が載っていました。ジェームス三木の1回目のインタビューの最後は、以下のように締めくくられていました。
「死は避けることができない。確かに自分という存在は死によってなくなる。しかし、人間はリレーランナーのようなものだ。後輩たちに渡せる何かを残すことができるはずだ――そんな思いが強くなってきた。『後世に残せるだけのいい仕事をしよう』と心に決めている。」
超有名な脚本家とは比べようもないけれど、焦ります。まだまだ「後世に残せる」ような仕事をしていない。それができる職業に就いているはずなのに。もっと、もっと書き残さなくてはならない。自分でなければ書けないことを。その思いはそれなりにあるはずなのに、なかなか進まない。大学の夏期休業期間も後半にさしかかっているのに、それらしい仕事もできていない。焦る気持ちはあるものの、どこかに、馬齢を重ねることに対し油断があるのか、なかなか筆が進みません。当たり前の言葉で終わっているジェームス三木のインタビュー記事も、今の自分には印象的です。
原稿は進まない。そのくせ、8月中旬以降は、それまで気になってはいたけれど、なかなか読む時間がなくて机に積み上げられていた本を主に読んでいます。伊東光晴『現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論』(岩波新書、2006年)、田淵太一『貿易・貨幣・権力―国際経済学批判』(法政大学出版局、2006年)、石田雄『一身にして二生、一人にして両身―ある政治研究者の戦前と戦後』(岩波書店、2006年)を読み終え、今は、『コルナイ・ヤーノシュ自伝―思索する力を得て』(日本評論社、2006年)を少しずつ読んでいます。本当は、もっと原稿のテーマに直結した文献に目を通すべきでしょう。また、ゼミ合宿で輪読するジェフリー・サックスの『貧困の終焉』も早く読破すべきなのでしょうが、最初の2、3章を読んだきり放置したまま。ヤーノシュの自伝などを読み始めると、なおさらサックスの本は遠ざけられてしまいます(とばかり言っていられないので、そろそろきちんと読み始めます)。
夏休みに、上述したような本を読みながら考えたことは、今抱えている仕事とは別に原稿にして11月に締切の「紀要」に載せます。細かな題名はともかく、テーマは「今なぜ経済学にオルターナティブな視点が必要なのか」ということになるでしょう。
内橋克人の『共生の大地』を引用しつつ、2003年の3月に卒業したゼミ10期生の卒業論文集の序文に書いたこと。今も変わらぬ私の思いです。
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君たちと充実した時間を過ごしているうちに、いつの間にやら世界には不穏な空気が漂い始めている。よろめきながらも人類が営々と築き上げてきた理念、ルールが簡単に踏みにじられようとしている。私たちは歴史としての現代を生きている。大げさではなく、今まさに、君たちと学んだ「経済学」の意義が試されている。小洒落た「教科書」のことではない。「今日に明日をつなぐ人々の営み」としての「経済」、つまり「決して他を打ち負かしたり、他におもねったり、他と競り合うことなくしてはなりたちえない、というふうなものでなく、存在のもっと深い奥底で、そのものだけで、いつまでも消えることない価値高い息吹としてありつづける」ものとしての「経済」をみつめ、その営みの意味と本質を普通の人々に語りかけることができる学問なのかどうか、「経済学」の意義が問われている。私たちは、「生きるに値する世界」を次世代に伝えていかねばならない。経済学は、その目的の一翼を担うものでなければ、存在する価値はない。
君たちもやがては「人を育てる」ことになる。自分の子供かもしれない。部下かもしれない。生徒や学生かもしれない。あるいは見ず知らずの若者かもしれない。どんな場面でもいい。どんな方法でもいい。私のゼミで経済学を学んだものとして「生きるに値する世界」を次世代に伝えていってほしい。「今日に明日をつなぐ人々の営み」を根絶やしにするような思想・行為には毅然と対峙してほしい。私も微力ながら、でも粘り強く、自分の信ずる経済学の探究に、そして「生きるに値する世界」を次世代に伝える仕事に携わっていきたいと思う。(2003年2月20日記)
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