| 2007年 3月 12日(月) |
法人化の波
2003年7月2日、地方独立行政法人法が成立し、7月9日には国立大学法人法が成立しました。以後、国公立大学には法人化の波が押し寄せています。国立大学はすでにすべて国立大学法人となり、76校ある公立大学に関しても、2006年4月1日現在、22の法人が誕生し、大学を設置しています。東京、大阪(府・市)、名古屋、横浜、北九州といった大きなところはすでに法人化されていますが、それだけではありません。主だったところは法人化され、本年4月1日には、下関市立大学が法人化されます。そして、来年4月1日には、あの都留文科大学も法人化される予定です。
本学にとって、下関、都留といえば、いろいろな意味で関係のあるところで、互いにその動向を「意識」してきた大学かもしれませんが、今や、規模的にも、歴史的にも似通った下関市大、都留文科大までも法人化される時代なのです。文科省や総務省の動きを見ても、法人化の流れは抗しようがないようにも見えます。4年に1度の統一地方選挙が終わる2007年以降、公立大学の法人化は一気に加速するような気がします。高崎経済大学を取り巻く環境も激変するかもしれません。
猫も杓子も法人化という時代。地方自治体を設置者とする公立大学という設置形態は、かえって「特長」を生かせるかもしれません。「こんな時代だからこそ、公立大学!」という動きが出てきてもおかしくはないでしょう。法人化が必ずしも、教育や研究にとって良い影響をもたらしていないというのは、いろいろなところから聞こえてきます。
日本の大学には、たしかに様々な問題があります。高崎経済大学にも問題は山積しています。でも、そういった問題を一挙に解決する手品のような方法など、ありません。法人化を推進する側は、時にそういった議論を展開しますが、事はそう単純ではありません。規制を緩和すれば、競争メカニズムを導入すれば、衰えた組織やシステムが活性化するなどというのは、幻想にすぎません。法人化という手法も同じです。法人化したからといって、日本の大学システムが、ただそれだけで良くなるはずはありません(日本の国公私立大学が抱える問題・事件に関しては、法人化に伴うものも含め、次のサイトを参照するといいでしょう。問題はそこら中に溢れています。「全国国公私立大学の事件情報」http://university.main.jp/blog/)。
しかしながら、すでに賽は投げられ、行き先のはっきりしない列車が動き始めたようにも思われます。わが高崎経済大学はどうするのか。どうなるのか。私個人的には、闇雲に法人化することには疑問を感じていますし、「公立大学」という設置形態の特長を生かす術もあるのではないかと考えています。でも、世の動きは、何もしないまま、ただ「公立大学」という設置形態をこれまでどおり維持させてくれるほど穏やかなものではありません。
「最後の一校になっても、公立大学という設置形態を守る」ということを大学のトップが口走るのは、たしかに威勢はよろしい。そして、きちんとした理念・戦略に裏打ちされているのなら大変結構なことなのですが、単なるポーズ、リップサービスなら、「無責任」です。大学の学長がいくら「公立大学という設置形態を守る」と叫んだところで、何の効力もありません。設置者の意向が法人化に傾けば、法人化されます。公立大学という設置形態を本気で守るつもりなら、地方公立大学としての理念と戦略を、常に設置者(そして納税者)に訴え続け、理解してもらわなくてはなりません。
大学側としてはその一方で、法人化という事態に対し、ある種のシミュレーションが必要になると思います。法人化とはどういうことか?何がどうなるのか?何をどうできるのか(できないのか)?学生・教員にとって黒船来襲なのか?改革のチャンスなのか?そもそも今の大学が置かれている状況は?受験生の動向は?財務状況は?
少なくとも言えることは、大学の専任教員がこのあたりをきちんと認識し、専任教員としての自覚を持って、しっかりとした主張をしていかないと、設置者主導の法人化がそのまま進行してしまいかねないということです。「公立大学であり続ける」という無責任な発言を盲信し、見たくない現実に眼をむけないのでは、設置者主導ですべては進んでしまいます。もちろん、たとえ法人化となっても、今の高崎市なら大学の意向・現状をまったく無視したようなことはやらないでしょうが、経営サイドからの急激な法人化では、研究や教育にとって必ずしも良い結果はもたらされないでしょう。都立大学や横浜市立大学の例にあるとおりです。
高崎経済大学の専任教員にとって、法人化の問題は、もはや他人事ではありません。見たくなくても、考えたくなくても、その現実を見据え、考えなければならないテーマです。ボス任せ、他人任せにはできない問題なのです。高崎経済大学は今年で創立50周年を迎えますが、この年数の数え方、短期大学時代が入っていないんですね。短大の廃校、4年制大学の新設だったわけで、「4年制大学創立50周年」なのです。廃校時、短大の専任教員はほとんど解雇されました。もちろん、あの当時と今とでは時代は違いますが、雇用条件に限ってみても、ドラスティックな改編がないとは言えません。本学には教員の組合がありません。いざというとき、教員が結集する「軸」が存在しないのです。こうした状況下、設置者サイドの法人化が、もし進めば、給与水準や勤務条件が悪化することもありえますし、任期制も導入されるかもしれません。「まさか」と思っている教員は、本気で甘い!本学を取り巻く状況を冷静に考えてみれば、ありえないことではないのです。
本学学生・教員にとっての法人化の是非を考えるためにも、今のうちに法人化のシミュレーションをすることが高崎経済大学にとっては重要だと思います。「準備」が必要です。いつもどおり、遅きに失している感は否めませんが、たとえ法人化されたにしても、設置者・経営サイドの話ばかりではなく、そこに学生・教員の視点、教育・研究の観点を盛り込んでいかなければ、長期的に見て、大学は立ちゆかなくなるでしょう。いざ法人化となっても、教育・研究の観点を前面に押し出し、教育・研究環境を充実させていくことは、本学の専任教員が本気になれば可能ではないでしょうか。「法人化」だからすべてが外部で決まるわけではなく、今ならまだ「やりよう」があると思います。同じ法律に基づく、同じ公立大学法人でも、いろいろな中身にできるはずです。そのためにも、シミュレーションが必要です。設置者と協力しながら、これまでどおり、地域に貢献する大学を維持していくためにも、シミュレーションが必要なのではないでしょうか。
ここで述べたような事柄、昨日・今日、始まった話ではないはずです。でも、高崎経済大学にとっての法人化の意味(法人化を急げという意味ではなく、まさに上で述べたシミュレーション)を真剣に検討すべきであると本気で考えていたのは、前回の学長選挙の候補3人の中には、私の知るかぎり、T先生一人しかおられませんでした。高崎経済大学には、今まさに「グランド・デザイン」が必要です。それが結局のところ、設置者・市民にとっても良い結果をもたらすことになると思います。
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