2007年 3月 24日(土)

出会いと別れ、そして再会

 春は別れと出会いの季節。卒業式や入学式、定年退職や新入生・新入社員。様々な出会いと別れがありますが、ひょんなことから、懐かしい人に会えたりもします。
 早いもので、今年はゼミ第14期生が卒業します。つい、このあいだ入ゼミしたばかりのような気がするゼミ生たちと、もうお別れです。2年なんて、あっと言う間です。
 3月20日(火)が謝恩会でした。「おきな鮨→YOU坊→大和」という流れです。今年は去年よりも人数が増えましたから、卒業論文集のボリュームは例年並みとなりました。皆それぞれのテーマで頑張りましたが、F君は、「執筆者あとがき」を、6期Y君(青森県庁勤務)のあとがきの引用で締めくくっていました。F君は、Y君のあとがきに非常に感銘を受けたようで、ゼミの追いコンの時もその言葉で挨拶を締めくくっていました。私もY君のあとがきの「ファン」で、たびたび引用しています。この時期、このページの定番化しつつあります。またまた引用!
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 4年前、本当なら就職するはずだったのに、幸運にも大学で学ぶ機会を得たことに、このうえもなくすばらしい仲間と学ぶ機会を得たことに、まずは感謝したい。
 月日が過ぎ行くのはあっと言う間だ。入学式にうなだれて参加したことも、まわりに流されまいと肩肘を張っていたことも、飲んだくれていたことも、つい昨日のように感じられる。持病の馬鹿を何とかしたくて、大学生活を楽しむつもりなどなかった。この論文集を書いた人は、多かれ少なかれ同じだったんじゃないかと思う。
 ただ、迂闊にもというべきか、運良くというべきか、矢野ゼミに入ったことで大学生活を楽しんでしまった。遊んで楽しかったわけじゃない(それもある)。人生のどこかで頭を打ち、それ故に魅力的な人間たちが、笑ったり泣いたり怒ったりして、その中に自分もいて何やら騒々しくしていることが、いつの間にかたまらなく楽しくなっていた。
 自信にあふれ、人を見下して鼻で笑うような人間よりは、才気に乏しくとも汗まみれで笑っている人間のほうが、人生を楽しめる気がする。
 これからも、失敗するだろうが、卑屈にならずに生きていこうと思う。 
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 この「感覚」、矢野ゼミ卒業生の多くが共有できるものなんじゃないでしょうか。この感覚を共有できた人は、高崎経済大学での学生生活を楽しめた人なんだろうと思います。
 謝恩会は、私にとっても、毎年非常に印象深く、心に残る日となりますが、今年もそうでした。YOU坊では、調子に乗って、ラストライブ(!)と称し、「矢野→ゼミ生→矢野→ゼミ生→矢野→ゼミ生→矢野→・・・」という順に歌いましたから、たぶん20曲以上、歌ったことになると思います。鈴木ヒロミツ、アイ高野への「追悼」の意味も込めて、モップス「たどりついたらいつも雨降り」、カーナビーツ「好きさ、好きさ、好きさ」を歌い、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」を歌い、矢沢を歌い(「鎖をひきちぎれ」「サブウェイ特急」「アイ・ラブ・ユーOK」「AZABU」等々)、十八番の「悲しい色やね」(上田正樹)を歌いました。
 家に帰り着いたのは、午前3時過ぎ。翌日は、さすがにきつかったあ。でも、久々に12期の留学生M君が高崎にやってくるということで、大学に出向きました。M君が高経を卒業したのは2年前。このたびM君は、京大の修士課程を修了し、凸版印刷の中国法人に就職します。帰国前に挨拶に来てくれたのです。しかも、同期のM井君とともに!福島県からM井君来訪です(忙しいなか、同期生のためにありがとう!)2人とも元気な様子でしたから、何よりでした。
 留学生が高崎経済大学を卒業し、その後、大学院でどのような生活をしたのか、そして、どのような就職をしたのか。年初来、日本に滞在中の、14期Cさんのお母さんにM君を引き合わせれば、娘の将来について少しでも不安が少なくなるだろうということで、2人をCさんのアパートまで連れて行きました。いろいろな話に花が咲いたことでしょう。
 昨日、3月23日は、生協Kさんの送別会兼出版祝賀会を催しました。以前にも書いたとおり、Kさんは今年で定年退職されます。そしてついに、『学食の黒澤さん』が泰文堂から出版されましたので、昨日の会合となりました。集まったのは、Kさんと私、高崎経済大学生協・前理事長のC先生、理事のT先生、生協専務理事のAさん、購買部店長のMさん、前・応援団長H君、前・体育会代表幹事H君、ゼミ生で、このたび日本生活協同組合連合会に就職するU君(水泳部)、そして、なぜか飲み会の席にはいつもいる(まあ、俺が呼んでるんやけどな)14期N君(ボート部)の計10名。高崎駅西口の「酒処・義乃」に集まりました。
 飲み会にもいろいろあります。楽しい酒。落ち込む酒。不愉快になる酒。昨日は、Kさんの人柄もあり、文字どおり、嬉しく、楽しく、そして心温まる酒席でした。『学食の黒澤さん』は、このたびめでたく出版となったわけですが、本にしようだとか、名を売ろうだとか、儲けようなどと思うことなく、ただただ、学生へのサービス向上に努め、高経大生協を建て直そうとして始められた「ひと言カード」への対応。日々の業務の合間では、きちんとした、誠意のこもった返事は書けない、ということから、土日に出勤しながら、ひと言カードへの返事をお書きになったと聞いています。メニューを工夫したり、コストの計算をしたり、パートの手配をしたりしながらの、3000通以上の「ひと言カード」への対応ですから、本当に頭が下がります。長い間、お疲れさまでした。ありがとうございました。これからも体に気をつけ、「愛の運び屋」としてご活躍ください。
 そして、今日は卒業式。群馬音楽センターの外では、例年どおり、部活・サークルに所属する多くの学生が卒業生を見送るべく、待ちかまえていました。花束を贈呈されたり、胴上げをされたり、ビールやシャンパンをかけられたり。毎年の光景です。頼めば、応援団が卒業生一人一人にエールを送ってくれます。大学に戻れば、学内の一室で、体育会・応援団・文化サークル等の学生諸君が新入生への下宿紹介を手伝っています。こんな大学、他にありません。高崎経済大学は4000人規模の大学になってしまいましたが、それでも、まだまだアットホームなところがいっぱい残っている、本当にいい大学だと思います。
 実は、昨日までの6日間のうち、4日間が飲み会。特に18日から、謝恩会の20日までは3連チャンでした。オッサンには大変きつい日程です。
 3月18日は、5期K君(旧姓M君)の結婚式でした。場所は新宿にある、ホテル・センチュリー・ハイアット東京。2月に矢野ゼミ就職懇談会を開催した住友ビル、三井ビルの並びです。披露宴では、5期生諸君(卒業したのは9年前)に久しぶりに会えました。仕事を辞め、今はコンサルタントを目指して勉強中のA君(卒業式を前に、酒を持ってきてくれて、ありがとう。簿記1級合格を祈っています)、富士通総研で日々忙しくしているK君(今度、甘い気持ちでアパレル業界を志望している学生に厳しい現実を教えてやってください)、昔気質の営業で着実に成果をあげている明治安田生命のS君(大変そうですよね。体には十分気を付けてください)、厳しい環境の中、地道に働き続けているS君(資格をうまく生かせる仕事が見つかればいいよね)、関東電化工業という優良メーカーの人事で、ずっと仕事を続けてきたT君(2人目が生まれて大変だけど、それを励みに頑張って)、子供も生まれ、転職後の横浜銀行でバリバリやってるN君(忙しいけれど自分が選んだ道。頑張ってください)、札幌で家業を継ぎ、帝王学を身に着けつつあるF君(もうすぐ社長かな?10年後、機会があれば、すすきので接待してください!)、東京大学助手として、日々研鑽を積むM君(また抜刷を送ってください)。
 久しぶりにいろいろな人に会えました。ゼミを卒業した人たちと、結婚式でまた久しぶりに会う。成長した彼らと再会できるのは、ゼミ担当教員にとって嬉しいひとときです。新郎K君は、仕事ぶりが認められ、来月からは2年間のニューヨーク勤務。美しく、また聡明な新婦とともに、アメリカ生活を満喫してください。3月18日は、新郎の同僚たちの真心が伝わる、本当にいい披露宴でした。
 春は別れと出会いの季節。そしてまた、再会の季節。多忙!多忙!多忙!この間、いろいろ忙しかったけれど、ずいぶん、いろいろな人と語り、再会を誓いました。
 3月16日は、『梁山泊』第14号印刷・製本の日(後日、発送します)。その製本作業を続ける図書館で、10期Mさんに、本当に久しぶりに出会いました。通信制で小学校教員の免許を取得し、今は非常勤講師をしながら、小学校の教員を目指しているとのことでした。
 みんな、頑張れ!自分の目指した道を突き進め!いろいろな道がある。自分が信じた道なら、その道を行け。たまには仲間と語り合い、励まし合いながら。体に気をつけて。
 矢野ゼミ14期生の皆さん。卒業おめでとう。




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