2004年 4月 19日(月)

『電池が切れるまで』

命         宮越由貴奈

命はとても大切だ
人間が生きるための電池みたいだ

でも電池はいつか切れる
命もいつかなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど命はそう簡単には
とりかえられない
何年も何年も月日がたってやっと
神様から与えられるものだ

命がないと人間は生きられない
でも
「命なんかいらない」と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに

だから私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう


4月22日(木)夜9時から始まるドラマ
「電池が切れるまで」が作られるきっかけになった詩だ。
11歳の少女は、この詩を書いた4ヵ月後、命の電池が
切れて空の向こうへ逝った。

ドラマは、病気の子供達のための院内学級が舞台。
重い病気のために学校に行けない子供たちは、
病院の中等にある院内学級で勉強する。
医師や看護婦、教師、子供達の織りなすドラマらしい。

私がこの詩を知ったのはいつだったか・・・?
命は電池・・上手い表現だなぁと感じたのを覚えている。
そう言えば子供の頃から重い病気だった友人は、ご飯は
ベッドの上で食べるのが普通だと思い込んでいて、
一時退院してテーブルの上にご飯が並べられた時に、
(え!違うよ!)と思ったと言う。

ある人に「人間は誰でも生まれるべくして生まれてきた」と
教えられた。
「生きるのは権利ではない、義務だ」とも教えられた。

人を傷つけたり、自ら命を絶ったり、悲惨な事件が
次から次へと起こるけど、そんな今だからこそ、
自分の人生を作る源である命という名の電池の存在を
見つめなおす必要があるのではないだろうか?
いつかは疲れたと言ってさよならする命のことを。


「電池が切れるまで」サイト→http://www.tv-asahi.co.jp/denchi/index_top.html

同ドラマ特別企画サイト→http://inochi.yahoo.co.jp/





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