| 平成15年 2月 23日(日) |
時間を操られたら。とプラス志向って同じ価値だと思うです。
あたしはもし時間を操られたとしても、
今と同じ人生ではないにしても、
悩む時は悩むし、失敗して後悔する時もあるだろうし、
逆に成功して喜ぶ時もあるね。
きっと「あの時こうしてればうまくいったのに」
と思う事が多々あって何度も何度もやりなおして失敗しては成功して。
そのたびに修正を加える労力に疲れ果てて、
「あたしに時間を操る能力が無かったらもっと前に進めたのに」
って二十二年かけてまだ小学校時代を修正したりしてるだろうなぁー。
とゆうことは、
「時間を操るたびに寿命が縮む」ってゆう欠点があると思った。
八十年の人生を何度もやり直して、完璧にしようとするほど
その労力って図りしれないと思うし、
寿命を変えないようにそのうえ完璧成功しかない人生を作る為、
一箇所に修正を加えると、
その影響を受けたあそこ変えてここも変えてって、
パズルみたく数学の式みたく人生を組み立てる。
図りしれない労力を果たしてあたしは使いこなす事ができるかしら?
と不安にすらなるわ…。
現実にないからこそ未知の素晴らしい力として
もてはやされてるんだろうけどさ、
現実だったら結構普通だと思うよ、
やることなすこと。
今と同じように時に悩んで、時に喜んで、
喜怒哀楽を送る人生。
今
「あー時間を操れたら、どうなってるんだろう?
きっと今より素晴らしい希少価値のある人生になるんだろうなぁ」
と思うように、
時間を操れる今を迎えても、
「あーやり直しの効かない一発人生だったら、どうなってるんだろう?
きっと今より素晴らしい希少価値のある人生になるんだろうなぁ」
って現実ではない人生の方が素晴らしいものに見えて「いいなぁ」って思うだろうね。
そう考えるとそんなにすごい力なのか?って思うわね。
大して生きるって事自体は変わらない気がするなぁ。
ただね、
あたしは今だって生きる上で十分すばらしい力を持ってると思うの☆
その力がどの位素晴らしいかはわかんないけど、
とにかく得もするし損もするのが力だと思うのね。
例えばプラス志向。
マイナス志向の人はプラス志向っていいなぁ。
と思うわけでしょ。
あたしはよく言われます。
みんながみんなプラス志向じゃない分そう思われるわけだけど、
自分に無いものがとても輝いて見えるのは良くある事。
だってプラス志向でもさ、
その志向のお陰で真実が見えなくて失敗する時だってあるわけ。
だから
プラス志向ってゆう能力みたいな力を持ってるだけで、
得する事もあれば損する事もある。
失敗したら誰だって落ち込むし
後悔するし、できれば経験したくない部分でしょ。
損はしたくないって思うのが気力でもあるし。
そんな時芯にプラス志向って力を持ってる分、
失敗も後悔もプラスにしていこう!って
損したら得しなきゃ。
って頑張る。
その繰り返しがプラスに向いてる強さがあるのが
プラス志向。
これってすんばらしい力だと思うわ。
欠点を克服できればそれこそ最高の力。
でもそんな簡単に操れないのが現実。
同じように、
時間を操る力を持ってたって
得する時も損する時もある。
操ることで成功を手に入れたり、
操ることで失敗を経験したり、
それの繰り返しがあるわけでしょ。
そんな時、
あたしには時間を操る力をうまく使いたい!
って思うから気力になるんだろう。と思う。
そして素晴らしい人生にしようと頑張る。
でも想像以上に辛くてめんどくさくなって疲れて、
「操れない一度の人生」に憧れて意味のない悩みを経験する。
でも結局は芯に時間を操れるってゆう
強さがあるからまた生きる気力は変わらず力を発揮する。
あたしにとって、特別な力ってそんなものかな。
あってもなくても持ってるといえば持ってる。
持ってないといえば持ってない。
活かすも殺すも自分次第。
意識しようがしまいが、自分の考えかただひとつで
どうにでもなるもの。
特別と思えば特別で。
特別じゃないといえば特別じゃない。
世界でただ一人しか持ってない自分の特別な力は、
あると思えばある。
ないと思えばない。
そんなもんじゃないかしら。
モノは考えよう。
ないものねだりはみんなの欲望。
他人の芝生は青々と見えるのがみんなの羨望。
自分の事だからこそ気付かないのがみんなの潜在意識。無意識の部分ね。
あたしは時間を操る能力より、自分のプラス志向の能力の方が
よっぽど素晴らしい力なんじゃないかと思っておりますわ☆