| 2004年 1月 26日(月) |
黙示録?
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●最近の日経産業新聞に、親指の上にのった12ミリ×2.1ミリの大きさのポリプロピレンのチップの写真があり、右腕の皮膚下に埋め込ん買い物の決済ができる「ベリペイシステム」を開発したというのです。以前には、犬に埋め込んで迷子にならないようにするというシステムの記事を読んだことがありますが、いよいよ人間にまで来たかと思いました。なぜいよいよかというと、新約聖書のヨハネの黙示録によると、近未来の出来事として「小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。(黙示録13:16、17 )」とあります。これは、将来起こるであろうクレジットカードの代替として用いられることが予想されている商業のシステムについて書かれていることです。この「刻印」が「ICタグ」なのかもしれません。すでにアメリカでは、このチップを約30人に埋め込んで1年以上観察しているが問題がないそうです。しかも紛失や盗難の心配が無いとなると、これが採用されるのは間近に迫っているかもしれません。そうすると黙示録の世界どおりになりますね。
●この記事に限らず私が近頃気になるのは、1900年以上も前に書かれた聖書の記事は、最近になって急に世界の動きに連動しつつあるということです。身近な出来事としても、これからの時代は「不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。(マタイ24:12 )」とキリストは言われました。中学3年生の男の子に、3ヶ月も食事を与えなかったという今朝の新聞を見てそれを実感します。聖書と未来に関して読むならば、多くの人は、暗く不安な状況を読みとることでしょう。しかしそれでは、聖書が意図している内容を読み取ってはいません。聖書は、さらにその先にある平安と喜びを示しています。聖書は希望の書です。