2004年 2月 9日(月)

赤い貨車

●先日、ビデオで『戦場のピアニスト』を観ました。その数日後、NHKのTVで『死の国の旋律・アウシュビッツと音楽家たち』を観ました。どちらも第二次世界大戦のナチスの支配下にあった人々の苦しみの映像でした。前者には、アウシュビッツの壁の外にあって苦しんだ人々、また後者には、その壁の内側にあって苦しんだ人々の姿がありました。音楽は、人の心を和ませ、安らぎを与え、また励ましを与えてくれるものです。ところがここでは、音楽が苦しみの道具に変わっているのです。
●一昨年、エルサレムのホロコーストで犠牲になった600万人のユダヤ人の記憶を永久保存するための記念館『ヤッド・バシェム』に行きました。以前にイスラエルに行った時には、私には見るに耐えられないかもしれないと避けていたのですが、今回は事実を見る勇気を持ちました。でもやはり館外に出た時にはことばにはなりませんでした。特に夜空の星々が輝いているような照明の中で、ただ淡々と読み挙げられる犠牲となった子供たちの名前を聞きながら、権力を持った者の狂気が行う身の毛もよだつ行為は、それにかかわった特別な人たちのだけのものではなく、自分の心の深い所にも存在する可能性を秘めていることに気づいてぞっとしました。『ヤッド・バシェム』からの帰り、その600万の人々を死の工場に運んだ貨車の一台が丘の上に置かれていました。赤っぽい車体は、あの『戦場のピアニスト』の一場面と重なって、まさしくそのものでした。
●アウシュビッツの壁の内側で、ただ同じユダヤ人を苦しめるためにバイオリンを弾いたと、解放後も自分を苦しめ続けていた80歳を過ぎた老女のことばに慰めを受けました。「私にとっては、辛く苦しい人生ばかりでしたけれど、それが私に考える力を与えてくれました。人間よ、もっと考えよと・・・」。