2004年 3月 19日(金)

高き所に住む

●先日『第五福音書』の話を書きましたが、あなたはクリスチャンとはこのような者だと、自分で考えたひとつのイメージを描いてはいませんか。ある人が、「クリスチャンになったら、あれをしてはいけないこれもいけないと決められて、堅苦しくなると警戒していたけれど、実際はそうじゃないんですね。私は以前より自由になりましたよ」と語ってくれました。彼は、最初のイメージとは異なりましたが、クリスチャンになってから自分の生き方が変わりました。
●確かにクリスチャンになると、その人の生き方が変わってきます。聖書は、イエス・キリストを自分の主と告白し、受け入れた人は、「キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。」(新約聖書/ガラテヤ人への手紙3:26)と語っています。人間の子ではなく「神の子」と表現されているのですから、これはすごい言葉ですね。全世界を創造された神が、愛して特別にその守りの中に置いて下さるというのです。あなたはそれを信じますか。神は私達をそのような立場にある者と認めてくださっているのに、もし自分自身はただのつまらない者だと考えているならば、その人は実際には、神の子供としての生き方を出来ないでしょう。
●ではどのようにしてふさわしい生き方が出来るでしょうか。ある本に、クリスチャンの生き方の変化つまり成長には段階があることについて、建物にたとえて次の様に語っていました。「キリストを自分の救い主として信じ受け入れた後には、何段階かのクリスチャン生活があります。ある人々は、クリスチャンの経験という建物の地下室で生活しています。周囲の壁には、”○○をしてはいけない”と文字があちこちに書いてあり、そこは暗く、陰気であり、憂うつで全く開放感がありません。また他の人々は、1階で生活をしています。彼らはある程度の光が入ってくる部屋にいます。しかし、隣家の人の大声やパトカーのサイレンに、周囲で何が起こっているのだろうかといつも気になって、結局皆と同じように金切り声を上げたり、一緒になって不平を言っている自分に気付きます。
●更に別の人々は、もう少し高い所で生活をしています。部屋の中には、太陽の光と暖かさが溢れています。周囲の騒音や派手な宣伝カーの音などが、その人の生活を妨げることはありません。そこの空気はきれいで、外の眺めは青空にまでも達し、遠い山々が見えます。これらの人々は、周囲の雑踏から超越して生きており、また聖霊によって神の守りの中にあります。神は、このような生き方を、『神の子』に望んでおられるのです。」
●勿論この話は、地上の一軒家にではなく、高層ビルに住みなさいといっているのではないことはご理解頂けますよね。そうではなく心の中の状態をいっているのです。日常の出来事に振り回される生き方ではなく、自分の本当の父は全世界を創造された神であるという高い意識の中で、キリストと共に生活するように求めていきましょう。そのような生活を求めるならば、次第に自分の意識は変化し、神の子としてのふさわしい品性が身に付いた者となっていくことでしょう。