| 2004年 4月 13日(火) |
子どもも・・・
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●「あなたは、子どもがかわいいと思いますか?」と訊かれたら、正直なところ一瞬間(ま)を置いて、「はい〜・・・?いや〜・・・」と微妙な返事をすることになりそうです。一昨日の日曜日に、復活祭の礼拝が終って、午後から料理を持ち寄って、お祝いの時を過ごすことになりました。食事をいただいてから子どもも交えてのゲームもあり、とても楽しい時を持ちました。その場には、いつも教会学校に来ている小学校3年生の男の子の友人も加わっていました。その子は、教会が初めてでしたが、大人の中でも臆することなく楽しく過ごしていました。さて会も終って帰ることになり、その子が私に向かって言いました。「先生、僕この教会好きになった。大人になったら、僕もこの教会に来るから、まだ死なないでいてね。」私の白髪頭を見て、この人はこの先あまり長いことないかもしれないと思ったのかもしれませんが、彼のことばには、いやみは全く感じられず素直な表現で、すがすがしい感じさえしました。そこで私は、「H君、大人になるまで待たなくても、来週から教会学校においでよ。」と言うと、「あっ、そうか。そうする。」と言って彼は帰っていきました。私は、彼の後ろ姿を気持ちよく見送りました。
●別のクリスマスの子ども会でのことです。この子も教会に初めて来た小学校4年生の女の子。子供達のスナップ写真を撮ろうとしていると、それを見つけた彼女は、カメラの前に顔を出して「写して! 写して!」と追いかけてきます。そこで最初は、2、3枚を撮ってあげましたが、その後もしつこくレンズの前に立ちはだかるので、彼女の顔のアップだけで他の人が写りません。そこで「他の人も一緒に写すからもう少しさがって・・・」と言うと、「写してくれないと、ぎっくり腰にしてやるぞ!」と言い放ちました。彼女の口からものすごいことばが出たので私も絶句。心理学的には、この子は本当はさびしがりやさんで、過激な表現で自分をアピールしているのだと分析されるのかもしれませんが、皆で楽しんでいる時に、自分だけを主張するこのような子どもには、正直なところ苦手です。
●聖書の中に次のような記述があります。「イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、言われた。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。』」(マタイ18:2−3)この箇所を読むと、「えっ? 『イエス様、天国に入れてくれないと、ぎっくり腰にしちゃうぞ!』と言えということですか?」と思ってしまいます。ところがこの箇所の「小さい子ども」というのは、ギリシヤ語で「パイディオン」といい、いつもお母さんと一緒にいなければ安心しないよちよち歩きををしているような子どものことで、天国に入ることが出来る人とは、このようにいつも神様を慕い求めている人であるということを知って納得しました。子どもも大人同様、アダムの性質を持って生まれてきています。表現が優しい子も過激な子も、イエス・キリストの救いが必要です。