| 2004年 4月 15日(木) |
いのちあるもの
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◆羊ヶ丘シオン教会の会堂は、昨年9月に改造しました。その時、花壇であった所には砂利を入れて駐車場にしました。それから冬が来て、今は会堂の裏に汚れた雪が少し残っています。以前に花壇であった駐車場を見ると、なんと砂利の間から花の芽が出ています。どうやら葉の形からチューリップのようです。このままにしておいてもたぶん生長して、花を咲かせることでしょう。いやそれより前に、車のタイヤの下につぶされることになるでしょうか。そこで今日、移植するためのプランタと土を購入してきました。芽のそばを掘ると、ふっくらとしたチューリップの球根が出てきました。プランタに暖かい寝床のような腐葉土を入れて、球根を植え替えてやりました。全部で10本。心なしか嬉しそうに見えましたが、札幌はまだまだ寒さが残っています。元気に育って、花を咲かせてほしいとプランタを玄関の前に置きました。
◆命あるものは、時が来ると芽を出す、これは植物ばかりでなく、霊的な世界でもいえることです。私たちは、自分が願っていることを神様に祈りますが、植えた球根がすぐには花を咲かせないように、必ずしも祈りの結果は、すぐには形をあらわさないことが多いものです。しかし命あるものは、決してとどまってはいません。土の中で根を深く張り、地中の養分を吸い上げているように、私たちが見ない領域の中で、確かに生きて次の段階の準備をしているのです。クリスチャンには、神様は「永遠のいのち」を与えてくださいました。ですから時がくると必ず花が咲き、実が実るのです。
「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」(詩篇1:1-3 )