2004年 4月 2日(金)

ことばには命がある

◆落語に確かこのような話があったと思います。一人の男が、ゲテモノ食いの自慢をしている。そして「猫だって何だって、四足のものなら食えるわ!」といきまく。すると相手の男が、「それじゃ、コタツも四脚だが、コタツは食えるか?」とくる。男は一瞬困るが、こう言って切り抜ける。「ただし俺は、あたるものは食わねえ!(※「コタツに当たる」と「食中毒にあたる」をかけた。)
◆確かに猫は四足で、コタツも四脚です。しかし猫は、我が家に住んでいると言うことがあっても、コタツは我が家に住んでいるとは言いません。なぜでしょう? 「住む」とは、命あるものに使いますから、コタツが住むとは言わないのです。でもこれに似ている表現が聖書にあります。「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ・・・・・」(コロサイ3:16)という箇所です。「ことばを・・・住まわせ」とは、ちょっと不自然ではないでしょうか。いや、そうではありません。もし「ことば」を、人と人との間で用いられるコミュニケーションのための道具であると考えるならば、ことばには命はありません。しかし「ことば」に命があるとしたら、この表現は正しいのです。
◆昔から「ことば」に関して『言霊(ことだま)』という概念があります。これは、ことばの中には、命(霊魂)が宿っているという考えです。そのために私たちの祖先は、「ことば」によって挨拶や祝福、あるいは呪文などをおこなってきました。神様が、世界の創造した時、「光よ。あれ」とことばを宣言することによって創造のわざが始められました。イエス様も「もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです」とおっしゃって、人が信じて「ことば」を宣言するならば、ことが起こると教えられました。これは、「ことば」には命があることを示しています。
◆最近のニュースで、町全体で子供をほめて、良い子にさせようと「子ほめ条例」なるものを制定した町があります。これは、子供がやる気を起こすという心理学的な効果だけではなく、「ことば」そのものに命と力があるので、実際的な効果は大きいと思います。
◆この「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ」とは、具体的に言うならば、聖書に書かれていることばの中から、このようになって欲しいと思われることばがあったら、それをしっかりと覚えて信じ続け、時には宣言するならば、ことばの中にあるキリストの命が、それを実現させてくださるというのです。ある本によると、聖書の中には、神様が信じる人に約束された事柄が、7874もあるそうです。この中には、人間が持つ様々な問題についての解決の約束が含まれています。そうであるならば、私たちは実践してみる価値は十分あります。
◆私たちが言うことばでさえ、他の人を励ましたりまた傷つけたりする力が潜んでいるのですから、神様が約束された「キリストのことば」には、どれだけの力と祝福をもたらすでしょうか。私たちは、「ことば」特に「聖書のことば」には素晴らしい命があるということを、今一度信仰の基本的な事柄として確認する必要があります。