| 2004年 4月 6日(火) |
身代わりの死
![]()
●すべての人は生まれながらに、全世界を創造された神様を認めず、また神様に背いて自分勝手な生き方をしようとする罪という性質を持っています。そのためにこのままでは、やがて神様から遠く離れた所である地獄に行かなければなりませんが、愛の神様は、ご自身の方から先に、独り子であるイエス様を私たち人間の身代わりとして裁き、それを信じ受け入れる者に神様の裁きが終わって、救いが与えられたことを告げられました。
●このことを、身近な出来事を用いて説明しようとする時に、私は一人の人を思い出します。その人は、カトリック聖フランシスコ修道会のマキシミリアノ・マリア・コルベ神父です。コルベ神父は、ポーランド生まれで、1930年(昭和5)年から、日本の長崎で宣教活動をしていましたが、会議のために帰国しました。ところが時はナチスの支配がヨーロッパに及んでいる時であり、彼は、ナチスに協力的でなかったという理由で捕えられ、アウシュビッツの収容所に送られました。コルベ神父は、元来体の弱かったのですが、決められた強制労働に従事し、収容所内で死者がでるとお祈りを捧げ、また収容者たちの相談役として人々に希望を与え続けました。
●ある日、収容所から1人の逃亡者が出ました。ナチ親衛隊は怒り、その見せしめとして無差別に10人の囚人を選び、餓死刑を宣告しました。コルベ神父は、死刑囚には選ばれてはいませんでした。10人が地下の餓死室に歩き出した時、その中の1人が突然、「ああ・・・。妻よ、子どもたちよ。俺は、死にたくない。」と大きな声で泣き出したのです。これを見ていたコルベ神父は、「私はカトリック神父で、結婚をしていません。ですから私をその人の身代わりにして下さい」と申し出ました。その願いは受け入れられ、彼は他の9人と共に餓死室に閉じ込められました。
●パンの一かけら、水の1滴も与えられることなく14日間、彼は他の9人を励まし祈りましたが、とうとう他の人たちは死んでしまい、彼が最後まで残ることになりました。それで、ナチ親衛隊は、これ以上生かすことは出来ないと、彼にフェノール液を注射し殺しました。この時47歳でした。
彼の身代わりによって命を取り止めたのは、軍曹であったガイオニチェックという人で、1945年1月、連合軍によって収容所の鉄門が開かれた時、彼は解放されました。ナチ親衛隊の裁きは、正しいものではありませんでしたが、コルベ神父の神にある愛は、絶望した1人の男性を救ったのです。
●この出来事を知る時、コルベ神父の高潔な生き方に心打たれます。聖書は、「人がその友のためにいのちを捨てるほど、大きな愛はありません。」(新約聖書/ヨハネ15:13) と語っています。一人の人は、身代わりによって、一人の人を救いました。もし神様の立場にある方が、身代わりの死を申し出たら、もっと多くの人々を救うことでしょう。事実、神様の独り子であるイエス様は、全人類の身代わりとなって十字架の上で死に、すでに罪ゆえの裁きを終わらせたのです。私たちも、ガイオニチェックのようにイエス様の身代わりの申し出を素直に受け入れるならば、救われるのです。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」(新約聖書/ヨハネ3:16-18)