| 2004年 5月 13日(木) |
励まし合う
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●私は、資料として新聞記事の切抜きを集めていますが、先日その資料を整理していて、次のような記事を見つけました。1994年、フィンランド沖で大型フェリーが沈没し、死者と行方不明者が900 人を超える大惨事になりました。その中の出来事です。乗客の一人ケントさんは、甲板で必死で逃げ惑う人々の中で、たまたま自分のそばにいた一人の女性サラさんに、「生きていたら、ストックホルムで夕食を一緒にしないか。」と声をかけました。彼女は、未知の青年の申し出に「分かったわ」と大声で答え、二人ともバルト海に飛び込みました。幸いにも2人は救命ボートにたどりつきましたが、水も空気も冷たい中で二人は漂流することになりました。青年は、手足を負傷しており、「サラがボートに引き上げてくれなかったら、僕は死んでいた」そうです。そして5時間もの間、濡れた体を互いに温め合ったそうです。サラさんは、「ケントがいなかったら、自分は生き抜くことはできなかった。」と言っています。映画『タイタニック』の主人公とは異なり、二人は無事生還し、約束通りストックホルムの最高級レストランで食事をともにしたそうです。
●青年のとっさの判断とはいえ、「1つの目標に向かって、互いに励まし合うことのできる相手」がいたことが、彼等に生きるための勇気を奮い立たせたのです。私たちの周りには、家族、学校の友人、職場の同僚、サークル員等の様々な人間関係がありますが、それらが、共通の目標と互いに励まし合う関係にある時に、私たちは生きる勇気が湧いてきます。人間関係があっても、それとは反対に、相手や集団に自分がしてもらいたいことだけを求めるならば、その関係は崩壊するでしょう。
●私たちの信仰生活においても、同じことが言えます。ある人は、信仰は、個人が神様を信じることであるから、自分ひとりで祈り・賛美していれば特に教会に所属する必要ないと言います。しかし私たちは、一人では生きていけない存在です。聖書は次のように言います。
「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見てますますそうしようではありませんか。」(ヘブル10:25)
教会は、信仰の成長という目標に向かって、互いに励まし合う関係を保つ群れです。しかも「かの日が近づいている」とは、「主イエス・キリストが再臨される日が間近に迫っている」ということで、教会とは、そのことを真剣に信じている人々の群れです。