| 2004年 5月 4日(火) |
レクリエーション
![]()
●ゴールデンウイークも残すところ今日と明日の2日間です。今日の午前中は、天候がよくありませんでしたが、午後からは晴れたので多くの人たちは、屋外で解放された時を持ったことでしょう。このような時に使われる「レクリエーション(recreation)」という言葉は、一般には日常の労働から離れて楽しく遊ぶといった印象が強いのですが、語源的には「recreate 心身を一新させる、もとの心や体にする」という意味を持っています。ですから行楽地に行くために、お父さんは渋滞の中を車の運転でへとへとになり、子ども達はやっと着いた遊園地で、思いっきり遊んでくたくたになり、家族皆で疲れて帰ってくるというのは、本来の意味からすると、「レクリエーション」というのとは違いますね。
●では「レクリエーション」に対立することばは何でしょうか。おとなだったら、「労働」「仕事」や「家事」、子どもだったら「勉強」「学習」等を挙げたら、ちょっと悲しいかもしれません。なぜならこれらのものを、本当はしたくないのだけれど、普段はいやいやながらやっているということになるからです。ですから、「レクリエーション」に対立することばは、出来るだけないほうがいいと思います。でもやはり心や体はいつしか疲れてきますから、やはり「レクリエーション」が必要です。
●そこで質問がありますが、あなたは「労働」を楽しんでいますか。創造主である神様が、最初の人間アダムに「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。(創世2:15)」とあるように、人間は本来「労働」をするように造られたものであり、またそれは祝福を受ける道でもありました。しかしその後、最初の人が神の声を聞かずに自分の思いで歩もうとした罪によって、神様との関係が破壊してしまった時、祝福であるはずの「労働」を、悪い条件の下で行わなければならなくなりました。それで、「労働」そのものを良くないものと錯覚する考えが出てきたのです。本来は、労働の悪い条件が除かれることによって、「労働」は楽しいものになるはずなのです。ですから私たちにとって大切な事は、「労働」を避ける事ではなく、神様が人間に与えて下さった「労働」を祝福としてとらえるために、神様との関係を回復をする事です。しかし労働が悪い条件の下にあると、その影響による労働に伴う心身の疲れを覚えます。このような時にこそ、「レクリエーション」によって、心や体を新しいものに回復しましょう。
ある日、ゆっくり食事する時間さえないほど忙しく働いている弟子たちを見て、イエス様は彼らに人々から離れて静かな所に行って休むように話された事があります(マルコ6:31)。私たちにとっても、そのことが必要です。
●魂と体の回復のためにある人は自然の中にそれを見い出そうとしますし、ある人は、自分の趣味にそれを見い出すかもしれません。しかしいずれにしても、私たちの魂や体を本当に解放し回復させて下さるのは、私達の心や体を造られた創造主である神様であるという事を忘れてはなりません。忙しさや日常の問題の中に失われていた神様との関係を回復する事が、「レクリエーション」なのです。
●更に、日常私たちが行う労働の中に、神様との関係の回復をいつも意識しているなら、どうしても起きてくる心身の疲れやストレスを、もっと少なくする事が出来るのではないでしょうか。
「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることできる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)