| 2004年 5月 8日(土) |
母親の愛
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●明日9日は、5月の第2日曜日にあたり『母の日』です。これは、アメリカのアンナ・ジャービスという女性の提案によって始められました。彼女の母親は、メソジスト教会の教会学校で、献身的な奉仕をして天に召されました。その遺徳を慕う人々が、1908年に彼女を偲ぶ記念会を催し、すでに他の町に移り住んでいた娘であるアンナを招待しました。感激したアンナは記念会の席上、母親を偲んでカーネーションを捧げ、このように毎年、自分の母親に感謝を表すことを提案しました。この趣旨はたちまち多くの人々の共感を得ました。1914年には、アメリカで全国的な行事として行うように議会で決議をするほどになり、その後世界中に広がっていきました。
●誰でも自分には母親がいますが、母親の愛は美しく、力強いものです。第二次世界大戦の時に、次のような実話が残っています。乳飲み子を抱えた一人の母親が、砲撃の中で、自分が食べる食料もなく、またお乳も出ない状態でうずくまっていました。彼女の赤ちゃんも、乳首を吸っても乳は出てこないので、おなかをすかせて力なく泣いています。母親はその声を聞くのが辛く、自分の乳首に傷をつけて、赤ちゃんに自分の血を吸わせました。しばらくして一人の兵士が、その母と子を見つけました。しかし母親はすでに死んでおり、赤ちゃんはしばらくぶりにおなかが満たされて、母親の腕の中ですやすやと眠っていました。戦争が終わって何年かして、赤ちゃんであった少年は、その事実を聞かされました。彼は、「母親の命である血によって、自分は新しい命を与えられた。」と語り続けたということです。
●母親の愛は、なぜこのように命をかける程までに強いのでしょうか。フランスのある神学者は、「神はご自分の愛を地上に徹底させるために母を創られた」と語っていますが、この例に見られる母親には、確かに神のうちにある愛が感じられます。聖書は、「愛は神から出ているのです。」(Iヨハネ4:7) と語っています。母親の愛は、他人と比べてその子が身体や能力の面で劣っていたとしても、一方的に注がれる愛です。母親の愛は、与えたことのお返しを要求しない、ただ子供の幸せだけを願って与えられる無私の愛です。また母親の愛は、愛する者と共に苦しみ、自分自身をかえりみないで命すらも与えようとする愛です。このような愛は、本質的には、神の愛に見られるものですが、母性愛も、神様からの賜物であるので、愛の美しさ・力強さ・聖さが表わされるのです。
●最も素晴らしい母親の姿は、聖書の中に描かれているイエス様の母マリヤではないでしょうか。マリヤが天使によってイエス様の受胎を告知された時に、彼女はその驚くべき出来事を信仰によって受け入れ、喜んで歌いました。それが『マリヤの賛歌』(ルカ1:46-55)です。この詩の中には、多くの詩篇が含まれています。つまりマリヤは、いつも神を愛し、みことばを豊かに蓄えていた女性でした。彼女が多くの女性たちの中から特にイエス様の母親として神様が選び出された理由がここにあります。この『母の日』に、神様が自分に最高の母親を与えてく下さったことを覚え、感謝したいと思います。