| 2004年 6月 1日(火) |
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●左の写真は、誰でしょうか。若き日のヘレン・ケラーです。ヘレン・ケラーといえば、盲聾唖の「三重苦」の中で、アニー・サリバンの自分を与え続けた愛の教育によって、大学という高等教育を受けることができ、その後世界各地を歴訪、身体障害者の教育や社会福祉事業家として尽力した偉人と知られていますが、36年前の今日、天に召されました。88歳でした。先生のアニー・サリバンとヘレン・ケラーの最初の出会いの物語は、『奇跡の人』というタイトルで映画にもなりました。
●ヘレン・ケラーは、アメリカ・アラバマ州に生れ、当初、障害もなく普通の子として成長をしていましたが、1歳9カ月の時に、原因不明の高熱と腹痛におそわれ、一命はとりとめたものの、目と耳とをおかされ、光と音の世界から完全に閉ざされてしまいました。両親は、ヘレンを何とか回復させようと努力しましたが、彼女の視聴覚機能を回復させることは出来ませんでした。しかし教育によって別の可能性があるとの確信を得て、パーキンス盲学校を優秀な成績で卒業したばかりのアニー・サリバンを家庭教師として迎えました。当時サリバンは、22歳の若さでしたが、愛と情熱を持ってヘレンの教育に取り組みました。ヘレンも頭脳が極めて明せきで、ことに記憶力がよく、サリバンの適切な教育によってその能力を開花させていきました。サリバンは、指文字による教育によって、物にはことばがあることを教え、教育を始めて3カ月目には、ヘレンはもう300の言葉を覚えたということです。
●映画『奇蹟の人』の中でも、サリバンがヘレンに「水」という単語を教える感動的な場面が紹介されていますが、それには次のような経緯があります。ある日ヘレンがコップとその中に入っている水を同じものだと主張してゆずらず、遂にサリバンと喧嘩になってしまいます。サリバンはヘレンの気分を転換させるため、初めて戸外に誘い出し、ポンプ小屋に連れて行って、持っているコップに冷たい水を注ぎこんでやりました。そして同時に「水」と指文字で書くと、瞬間ヘレンの顔色がさっと変り、コップを落して打たれたようにじっと考えこんでしまいました。彼女の顔にいつもと違う輝きが現れはじめ、自分の誤りを理解しました。このことがあってから、頑固だったヘレンが急に素直になり、サリヴァンの教えをよく受け入れて、進歩も目立ってきたと、サリバンは記録に残しています。その後、聴覚障害者の発声研究が進んだのでヘレンは発声することを学び、ラテン語、歴史文学、地理などには特に興味を持ち、同じ年頃の優秀な学生と同等の成績を得たということです。ヘレンはその後の40数年間、米国内はもとより世界各国で講演を行い、特に視聴覚障害者の福祉のために尽しました。
●ヘレン・ケラーが語った次のことばがあります。
「死ぬってことは一つの部屋から次の部屋へ入っていくのと同じなのよ。でも私には大きな違いがあるの。だって次の部屋では目が見えるんですもの。」
「障害をもって生きることは非常に不便ですが、決して不幸ではありません。神の声が聞けるのですから。」