2004年 6月 2日(水)

天国に入る備え

●先週、天に召された札幌キリスト福音館牧師三橋萬利師の召された時の様子を伺って感動をしました。それは先週の日曜日の午前、礼拝で「あなたは天国に行く備えが出来ていますか?」というメッセージ(説教)をされて、夜お風呂に入り、それから夜桜を見て楽しまれた後、床について休まれ、深夜そのまま眠るように天に旅立たれたとのことです。信徒さんは、先生の生き方そのものの中に、語られた言葉以上のメッセージを受け取ったことでしょう。私も改めて心を引き締めました。
●「あなたは天国に入りたいですか?」と訊かれたら、誰でも「勿論、天国に入りたいです」と答えることでしょう。では「どのような人が天国に入れるのですか?」と質問されたら、それに対する答えは何でしょうか。ここに私たちの信仰の原点があります。
●以前にアルゼンチンで宣教活動を行っている宣教師さんから、現地での活動の様子を書いたニュースレターを頂きました。それには、現地の人々を個別訪問しながら宣教をする様子が書かれていました。訪問先では、いくつかの質問をしながら福音を語るのですが、「聖書を読んだことがありますか?」という質問に始まり、「聖書を神様の言葉と信じますか?」「その言葉は、あなたの人生の問題に答えることが出来ると信じますか?」等と質問するそうです。カトリックの教えが浸透しているアルゼンチンでは、このような聖書に関する質問に対しては、全員が「はい」と答えるそうです。
●しかしその次に、「もし仮に今、あなたが死んで神様の前に出た時に、神様が『わたしは、なぜあなたを天国に入れなければならないのですか?』と訊ねたら、あなたは何と答えますか?」と質問をすると、ほとんどの人が困った様子を示すそうです。それはそうです。多くの人は、自分の立場から神様を考えることはしますが、神様の立場で自分の救いを考えることは、まずないからです。そこで返事に困っている様子を見て、今度は「ではどうしたら天国に入ることができると思いますか?」と訊くと、ほぼ全員が「悪い事をしないで、善行を積むこと」「教会の礼拝に休まないで出席すること」等と答えるそうです。では私たちの答えはどうでしょうか。
●天国に入る条件が「善行を積むこと」であるとは、大方の人たちが考えることでしょう。しかしそれが天国に入る条件としたら、次の質問にどのように答えますか。
・いくつ善行をしたら、天国に入れるのですか?
・もしその数に1つだけ善行が足りないとしたら、
  その人は天国に入れないのでしょうか?もし2つ足りないとしたら・・?
・善行もしましたが、逆に悪いことをした時には、
  以前の善行はどうなるのでしょうか?
・善いと信じて行ったことであっても、結果的に他人を傷つけてしまったら、
  それは善い事を行なったのでしょうか? 
・善いことと悪いことの違いは、何ですか?
・病気で床に伏している人は、どのように善行を積むことができるでしょうか?
●世界を創造された神様は、聖書を通して天国に入ることが出来る条件を示していますが、それは善行によるのではなく、神様が人間に《救い主》として与えてくださったイエス・キリストを、信じ受け入れることです。そのことについて、聖書には次のように約束されています。  
「(キリストを)受け入れた人はみな、この方から神の子供となる特権をいただきました。それはただ、この方が救ってくださると信じればよかったのです。」 (新約聖書/ヨハネ1:12 リビング・バイブル)
●神様は、正しい方ですから、信じる者にこの約束を実行されます。私たちは、この信仰によって、天国に入ることができるのです。たとえ神様が、「なぜあなたを天国に入れなければならないのですか?」と訊ねたとしても、「あなたは、聖書を通してイエス・キリスト様を信じ受け入れる人には、天国に入れてくださることを約束されておられます。」と答えるといいのです。ですからこの信仰を持つ人は、すでに天国に入る備えは出来ているのです。