2004年 6月 24日(木)

信じられないこと

●東京の娘が休暇を取って帰ってきたので、久しぶりに家族の会話になった。「この前、同僚と一緒に食事に行って、なんの話題だったか『私、茶碗蒸しの栗を最後に食べるのが好き』と言ったら、一同『えっ?栗?何、それ?』と言うの。」どうやら茶碗蒸しに甘い栗を入れるのは北海道だけらしい。そこで娘が、一緒にいた上司(道産子)に、「茶碗蒸しに栗は入っていますよね。」と助け舟を求めると、上司も「そうだよ。茶碗蒸しに栗は入っているよ。」と言ってくれたので、「ほらね」と・・・。すると同僚が「どうして甘くない茶碗蒸しに、1つだけ甘いものが入るんだよ。許せない!」と言うので、「赤飯にだって甘納豆を入れるよ」と言うと、上司も「そうだ。赤飯には、甘納豆。これ北海道の常識。」と。同僚は、もう言えなくなって「えっ、信じられない・・・・」。
●それから家族の会話になって、妻が「そういえば、どこかの地方のお雑煮に、あん入りの餅を入れるのあるよね。あれこそ、信じられないよね。」と言ったので、皆、「そう、あれは信じられない。」「ありえない。」なんて勝手に言った。しかし私は、それを実際には食べたことがない。しょっぱい(方言?塩辛い)汁の中に甘いあんが広がる様子を想像して、食べるのに勇気が必要だと思っただけだ。体験したこともないくせに、想像だけで有罪にしていいのかと、ちょっと良心がとがめた。そして私の頭の隅に、甘納豆の入った赤飯とどこが違うのだろうかという思いがかすめた。甘いものでも、汁が無いものに入っているのは許せて、汁があるものに入っているのは許せないのか?・・・その辺は厳密には定義出来ないが、要するに自分の生活圏に入っているものは許せて、自分が未体験の領域にあるものは許せないだけなのではないのか。すると娘が、「私は、赤飯は甘くない小豆が入った方が好きだけどね。」と付加えた。まあ許せない領域にあるものにも積極的に挑戦してみたいものだ。たぶん意外な発見をすることだろう。人間は、小さいままでいたくない。