2004年 7月 19日(月)

神の働きと人の働きと

●今日、海の日で祭日でしたが、来客があったので、海にではなく北海道の内陸部の富良野と美瑛に行きました。この地は、今の時期、ラベンダーや他の花が満開で、四季の中でも多彩ないろどりが一番美しい季節でしょう。香料採取のためのラベンダーを別にして他の花々は、主に観光客に見せるためのものですが、この地域は丘陵地帯にある農村で、畑の作物もよく実っており、花々に負けないくらい、美しい丘を形作っています。麦の黄金色、じゃがいもの薄いピンク、そばの白、とうもろこしの緑等が、見事なパッチワークを作っています。その上今日は、特に天候もよく、空も素晴らしい形の雲を青空に描いてくれました。
●その景色を見て、自然って素晴らしいなと思いましたが、この景色は、いわゆる自然のままの自然ではないことを思い出しました。以前に、テレビ番組で見たのですが、富良野の丘陵地帯は、トラクター等の農業機械による農作業をしやすくするために、機械が入りにくい場所を削って、あのなだらかな形になったのです。そのためには、人々の多くの資金が投入されているそうです。また花々にしても作物にしても、人が植えたものです。人間の手による働きと自然をつかさどる神様の働きが一つになって、あの美しい景観を形作っているのです。
●このことを考えていた時に、イスラエルの地についても思い出しました。イスラエルは、約1900年間、ユダヤ人がその地に住むことを拒否されていました。その間、地は荒れ、草木が育たない砂漠と荒地になっていましたが、神様はユダヤ人に次のような約束をしていました。
「わたしはもう一度イスラエルを祝福し、砂漠を花畑とする。 何も生えなかった荒野はエデンの園のように美しくなる。そこは喜びと楽しみにあふれ、感謝と美しい歌声が絶えない。」(イザヤ51:3)
今日、イスラエルに行くと荒地は耕され、沼地だった所は、耕作地となって緑の作物が美しく実っています。そしてその作物の一部は輸出されているほどです。神様の約束は、確かに「砂漠を花畑」に変え、「荒野はエデンの園のように美しくなる」というものでした。しかしそこに至るまでの間、ユダヤ人は多くの財と労働を砂漠や荒地に投入してきました。つまり人間の労働と神様の働きが一つとなった時に、そこには麗しい世界が実現するのです。ただ人間ががむしゃらに働くのではない、また何もしないで神様の働きだけに期待するのでもない、世界を造るのは、神様の働きと私たち人間の従順な努力が必要なのです。