2005年 1月 15日(土)

私には夢がある

●今日は、昨日に続いて1964年にノーベル平和賞を受賞したM・L・キング牧師が、誕生した日です。祖父や父を牧師に持ち裕福な家庭で育ち、頭脳明せきだった彼は、15歳という若さで大学に入学しました。その大学で彼はクリスチャンである二人の人物と出会い、彼らを通じて「牧師職は単に心情を鼓舞するための職務であるだけでなく、知的にも十分に働く価値のある職業である。」と考えるようになり、それまでは弁護士になろうかと迷っていた彼は牧師の道を選びました。そして神学校、さらにボストン大学の大学院に進み、大学院終了後はボストン大学の教師を、父からは教会の共同牧師の道を提案されますが、いずれも断り、彼はアラバマ州モントゴメリーの教会に赴任しました。
●1955年、黒人の婦人が白人の乗客にバスの席を譲らなかったために逮捕され、有罪とされる事件がありました。当時、南部では、黒人はバスに乗るのも白人とは席が別であったり、車内が混みだすと黒人達は白人に席を譲らなければならなかったからです。このことを機会に、アメリカ民主主義の問題点だった人種差別政策を全面撤廃する運動が始められました。そして翌年最高裁において「差別は違憲」と判決が下され、この勝利は南部の黒人達に計り知れない勇気と希望を与えました。キング牧師は、1955年から1965年まで、先頭に立って公民権運動を導きました。次いでアメリカのベトナム戦争政策を批判することによって、凶弾に倒れました。彼は、幸せは黙っていては来ない、しかし非暴力によって、ねばり強く行動することを通して、差別や抑圧から自らを解放するのだと語りかけ、また行動しました。
キング牧師は、「私には夢がある」と次のように語っています。

私には夢がある。("I have a dream")
いつの日にか、ジョージアの赤土の丘の上で、かつて奴隷であった者たちの子孫と、かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルに向かい腰掛ける時がくるという夢が。
私には夢がある。
いつの日にか、私の4人の幼い子供たちが肌の色によってではなく、人となりそのものによって評価される国に住む時が来るという夢が。
私の父が死んだ土地で、メイフラワーの清教徒達が誇りとした土地で、
すべての山々から自由の鐘を鳴らそうではないか。
もしアメリカが偉大な国であるのなら、これは実現されなければならない。
ニューハンプシャーの豊穣な丘の上から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
ニューヨークの稜々たる山々から、自由の鐘を鐘を鳴らそうではないか。
ペンシルベニアのアルゲニー高原から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
カリフォルニアの曲線の美しい丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
それらばかりではない。
ジョージアの石ころだらけの山、テネシーの望楼のような山、
そして、ミシシッピーの全ての丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
すべての山々から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
そして私たちが自由の鐘を鳴らす時、私たちがアメリカの全ての村、すべての教会、全ての州、全ての街から自由の鐘を鳴らすその時、全ての神の子、白人も黒人も、ユダヤ人も非ユダヤ人も、新教徒もカソリック教徒も、皆互いに手を取って古くからの黒人霊歌を歌うことができる日が近づくだろう。
「自由だ、ついに自由だ、全能の神よ、感謝します。ついに我々は自由になったのだ」と。