2005年 1月 31日(月)

優しさとは

●今日、歯科医で順番を待ちながら一冊の本を読んでいました。その中で、最近若い人たちの会話の中で、「〜みたいな・・・・」「〜とか・・・・」「〜的には・・・・」「〜じゃないですか・・・」等の《言葉グセ》が多いことを指摘し、これは、相手との衝突や摩擦を避けるための表現だとしていました。そしてこのような状態をある新聞が、《やさしい時代》と表現したことに対して、
「つまり、相手との衝突や摩擦を避けたいがために、”やさしさ”という言葉ですり替えてしまっているのではないかと思うのです。他人との摩擦を避けたい、衝突したくないという考え方は、自分をかわいいと思うと同時に、傷つきたくないという思いが根底にあり、決して相手サイドに立った見方ではないのです。それに”やさしさ”とは、そもそも相手サイドに立った見方なのではないでしょうか。では、どのようにすれば、この自分に甘く、相手にもたれかかった《言葉グセ》を直せるでしょうか? コンパスで円が描けるのは、中心がしっかり固定されているからです。人間関係を考えるときも、さまざまな領域に対応して広げていくためには、中心となる自分の考え方をしっかりもつことではないでしょうか。」
●うーんなるほど。一見優しく聞こえるこの表現は、相手への思いやりから出ているのではなく、自分を守るための言葉であるというのです。むしろ自分の考えをしっかり持つならば、たとえ対立してもお互いの違いを認め合うことが出来るのですね。本当の優しさは、摩擦を避けることではなく、自分と異なる意見を持っている相手を認めることなのです。