| 2005年 1月 7日(金) |
新しい年の歩みのために
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●あなたは、今年の年賀状に、「2005年」と書きましたか、「平成17年」と書いたでしょうか。2005年というのは、キリストの誕生から数えた年で(後の研究でキリストの誕生は、それよりも4〜7年ほど前であるということが分かりましたが)、つまり《キリスト紀元》です。また平成17年というのは、現在の天皇の即位した年から数えた年数です。同様に、回教紀元では1426年、国の始まりを示す日本紀元では2665年、ユダヤ紀元では5766年になります。
●いよいよ新しい年が始まり、どの人にとっても365日が同じように過ぎ去っていこうとしています。そして全ての人は同じ時間の中に生きているのですが、何を自分の生きる基盤にしているかは、それぞれの人によって異なります。年号の言い方にしても、ただ何となく使っているという人は別として、自分で意識して「平成17年ではなく2005年」と使っている人は、そこにイエス・キリストを基盤にして今年も生きるとの気持ちが、意識されているのかもしれません。
●この年、主の守りと祝福が豊かにあることを、誰しも願っていることと思います。しかし主の祝福を体験したいと願うならば、私たち自身が、日常の生活の具体的な場面で、どれだけ主の臨在を意識しているかということが問題になることでしょう。主は、いつも私たちと共にいらしゃいますが、私たち自身にその意識があるか無いかによって、実際にあるはずの主の守りや祝福を、体験出来たり、見過ごしてしまったりするのではないでしょうか。
●朝の目覚めから1日の自分のすべての行動に、主の臨在を意識しているならば、そこに神の多くの恵みを見い出すことが出来、感謝と喜びで溢れるでしょう。ある人は、主がいつも自分と共にいるということを意識するために、例えば、主が共に歩いて下さることを覚えて、心の中で主と会話しながら歩いたり、食事の時に、主のための席を特別に用意して、食事をするそうです。
●私たちは、家庭や学校・職場等で、どのように主が共におられることを意識できるでしょうか。主を覚える一瞬一瞬また一日一日が、私たちの一年を形作って行くことになります。主は、信頼出来る素晴らしいお方であることを覚えて、主を身近かに感じてこの新しい年を歩みましょう。
「神様は恵みと栄光を下さる方であり、ご自分の道を歩む者に、良いものを出し渋ったりはなさいません。天の神様に信頼する人は幸いです。」(詩篇84:11-12 リビングバイブル)