| 2005年 1月 8日(土) |
希望の年
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◆今年は、どのような年でありたいとあなたは願いますか。昨年失敗したことは、再び繰り返すことがないように、また手に入れることが出来なかったことは、今年こそは実現してほしいと思っておられるかもしれません。また新しい計画を実現したいという思いを持っている方もいらっしゃることでしょう。このように「新しい」ということばは、私たちに多くの期待を抱かせます。
◆入り口に立って、そっと扉を押し開き、未知の世界を覗き込む人のように私たちは2005年を歩み出そうとしています。そこには、私たちが考えてもいない出来事が用意されているかもしれません。明日はどんな日か、また明日はあるのだろうかと考えたらきりがない私たちの知らない世界が、私たちの目の前にあります。未知の世界には、「希望」と「不安」が同居しています。そのどちらも、私たちがこれから体験することに対する感情です。私たちは、そのどちらでも選ぶことができますが、そのどちらを選ぶかによって、私たちの心は大きく動きますし、またその結果にも影響します。「希望」は、私たちの心を健やかにしますが、一方「不安」は、心ばかりではなく、体の健康までも害することがあります。「不安」は、主からのものではなく、サタンが用いる手段であるからです。
◆ガリラヤ湖で、湖の上を歩いてこられた主に向かって、ペテロが、主のもとに行くことが出来るという「希望」を持っていた時には、彼も湖の上を歩くことが出来ました。しかし一瞬、風を見て「不安」になった時、彼は沈みかけました。私たちも、「希望」を持って、主をしっかりと見つめているならば、湖の上を歩くことができます。この主を見つめることが、「希望」を持つことの秘訣です。「希望」は、自分が現在手にしていないものであっても、主が語られたみことばの約束を信じて、主を前に見つめながら歩むならば、やがてそれを手にすることになるでしょう。
「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。」(詩篇16:8)
「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。」(箴言16:3)