| 2005年 11月 19日(土) |
礼拝
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●バジレア・シュリンクは、黙示録の記述から、「天国」では次のような光景があるだろうと表現しています。
「聖書の最後の書である黙示録が、私たちに天国を展望させる時、いつも繰り返しある一つの姿が輝き、その前ですべての天が賛美しています。・・・・すべての国民も小羊(イエス・キリスト)をほめたたえるのです(黙示15:4参照) 。天地万物、地の下に至るまで歓声をあげ、賛美するのです。・・・・救われた者や祭司や王として完成された者だけではなく、すべての天使の合唱による表現できないほど美しい賛美の音が神の王座の周りに響くことでしょう」。
●私たちは、時々、天国ってどんな所だろうかと考えます。花々が咲き乱れ、美しい音楽が流れて、川のほとりでそばに実っている木の実を食べ・・・・こんな様子が本当に聖書に書いてあるのかどうかが分からなくても、そのようでありたいという願いから、こんなイメージを描いてしまいます。実際、天国の様子については、聖書の中に書かれていることは、多くはありません。というよりも、ほとんど分からないといった方がいいのでしょうか。でもそのような中でも、明らかなことがあります。それは、そこに居る人々は、神を「礼拝」しているということです。天国においては、なんと「礼拝」は永遠に続くのです。そこでどきりとした方はおられませんか? 「礼拝が、礼拝が・・・永遠に続けられるの?!」って・・・。
●多くの教会では、日曜日の午前中に「礼拝」が行われます。それが永遠に?・・・と思ったら、失礼ですが気が重くなる人がいるかもしれません。でも天国の「礼拝」は、義務や重苦しい感じでなされるのではなさそうです。では、どのような礼拝でしょうか。少なくとも、他人によって義務的に強制されるようなものではありません。私たち自身が、自分の意志で、喜んで、神の御前に出てなされる行為です。
さあ、明日は「礼拝日」。私たちはどのような気持ちで神の御前に出ようとしているでしょうか?