| 2005年 11月 5日(土) |
神様の評価を得る
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●朝刊の読者相談コーナーで、31歳の女性会社員が、次のように相談をしていました。
「世の中、美人は得だと思います。モデルやアナウンサーは美人でないとなれないし、もてるし目立つし、とてもうらやましいです。・・・能力もなく美人でもない自分は、つまらない人間に思えて仕方がありません。こんな気持ちをどう変えればいいでしょうか? 教えてください。」
それに対する回答は、「・・・何かを好きになるということで、あなたは世界一になればいいの。・・・そうしたらテレビを見て落ち込んでいる暇なんてないって。」
というものでした。さてこの女性、この回答に納得できたでしょうか。
●私も時々、いろいろな分野でスポットライトを浴びている人を見る時に、彼や彼女は、今幸せなんだろうなと思う時があります。そしてその中の人物が、有名になりすぎてすぐに周囲の人たちに見つかってしまうので、街の中を歩くことができないと言っているを聞くと、それでも有名になれるのはうらやましいと思う反面、実際にそうなったら不幸かもしれないとも思います。
●「あの人」のようになれない悔しさや寂しさを、多くの人々は感じていることでしょう。でも「あの人」当人は、周囲の人たちからもてはやされることのわずらわしさを感じていたり、あるいは人気の時期が過ぎて、「私だって、あの時には賞賛を受けたのよ」と回想する時が必ずくることを考えると、そのような人は、他人から拍手を受けたことがない人よりも、もっと寂しさを感じるかもしれないとも思います。
●いずれにしても、他人の拍手や賞賛によって自分の価値が決められると考えたり、そこに喜び見出そうとするならば、その人はいずれ虚しさを感じることになるでしょう。
そこで私の提案ですが、人間にではなく、全世界を創造された唯一なる神様に認められることを求めてはいかがでしょうか。これは、「信仰」によって得られますが、神様に認められているという思いは、時間の経過と共に薄れることはなく、むしろその思いは強くなっていくものなのです。
聖書に、次のようなことばが書かれています。
◆ 「わたし(神様)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(旧約聖書/イザヤ43:4)