2005年 12月 1日(木)

イエスは、キリストか?

●最近の日本においては、できちゃった結婚ということが普通のように聞かれますが、約2000年前のイスラエルにおいてはそうではありませんでした。結婚した夫婦以外の男女が、そのような性的な関係を持つならば、その男女は他の人々から石を投げつけられて殺されるという宗教的な律法があったからです。
●聖書によると、婚約の期間にあったマリヤとヨセフは、そのような性的な関係を持つことがありませんでしたが、マリヤはみごもったと書いています。それは人間の常識からすると、聖書が嘘の記述をしているに違いないと考えるしか説明のしようがないので、マリヤは本当は他の男性と関係を持ったに違いないという、これも反対の意味でその正しさを証明することができない本が出版されてきました。しかし聖書に書かれている内容を信じるか、このような三面記事的な本を信じるかによって、その人自身が天国に入れるかどうかを自ら決めることになるとても重要な事柄なのです。
●確かに異性と性的な関係を持たないで(現代では、試験管ベビーという形はありますが)、子どもができるなどということは考えられません。しかし聖書は、マリヤは聖霊によってみごもったと記述しています。マリヤは、人間の男性によってみごもったのか、聖霊によってみごもったのかというどちらを選ぶかによって、イエスという人物が人類の「救い主」になるかどうかが変わってくるのです。
●もしイエスが、人間の男性によって生まれてきたとするならば、彼は「救い主」にはなることができません。なぜならどのような立派な男性であっても、生まれつきには神に敵対する「罪」の性質を持っているからです。聖書が語る、マリヤが聖霊によってみごもったという意味は、イエスには「罪」の性質がないということを語っているのです。「罪」の性質のない人間だけが、他の「罪」ある人間を救うことができるからです。人は、マリヤが他の男性と関係を持ったかもしれないという三面記事に興味を持ちますが、それに興味を持っている限り、その人に「天国」に入る約束はないのです。なぜならその人にとっては、イエスは「キリスト(救い主の意味)」とはならないからです。私は、聖書の記述を信じます。