2005年 3月 1日(火)

そばにいた・・・

●今日、聖書学院の講義が終わり、帰りの車の中でラジオを聴いていました。ラジオから流れる次のような話が紹介されていました。
学校を卒業して社会人として働き始めた若い女性の話です。彼女は希望どおりの就職をして働いていましたが、時間が経つにつれて、仕事の内容や人間関係から、次第にその仕事を続けていくことが辛く感じ始めました。ところが彼女はそのことを誰にも相談出来ずにいました。そしてだんだんと重荷となり、とうとう会社を辞めて故郷に帰ろうと決心をしました。周囲の人たちは、彼女が悩んでいることを感じてはいましたが、誰もそのことを言い出せずにいました。そして彼女が会社を辞める決断をし、いよいよその町を離れる時、数人の職場の女性たちは、駅に彼女を見送りに来ました。そしてその中の一人が、彼女に「最後に何をしてもらいたい?」と訊きました。彼女は、少し考えてから、冗談交じりに「テレビドラマのように、このプラットホームの端まで走って見送って欲しい・・・」と言いました。それを聞いた友人も、「そんな恥ずかしいこと出来ないよ・・・」と言いました。そしてベルが鳴り、列車は走り出しました。するとなんと見送りに来た女性たちは、泣きながら列車と一緒に走り出したのです。そしてプラットホームの端まで走って行くと、「さよなら」と叫んで、皆で手を振って見送りました。列車の中の彼女も、まさか本当にしてくれるとは思わなかったので、列車のガラスに顔を擦り付けて泣きながら手を振りました。そして次第に小さくなる友人たちを見ながら彼女は、思ったそうです。「最も大切なものを、自分で捨ててしまった・・・」と。
●彼女が苦しんでいた時、そばには誰も助け手がいなかったのではなく、彼女を心配している職場の友人が実際にはいたのです。しかし彼女には自分の苦しみしか考えることが出来なかったので、心配してくれる友人の声にも気づかなかったのでした。その友人たちを自らの決断で切ってしまったことを、彼女は、別れた瞬間に気づいたのです。私たちもそのような時がないでしょうか。