| 2005年 5月 3日(火) |
この風景の中にも
●妻と車で道東に行きました。広い草地の上に広がる青い空を見ると、雲がいくつか浮かんでいますが、その雲の形がまるでカーテンにプリントされているような同じくらいの大きさの雲が、これもまた同じくらいの間隔で浮かんでいます。こんなところを写真に撮ってプリントしても、下手な合成だなと思われるので、撮るのをやめたくらい、ちょっと不自然で作りもののような空でした。ですから「何か嘘っぽい空だ。いやプリント地の方が現実っぽいというのかもしれない」なんてわけのわからないことを会話しだしたのが、私の思考の混乱の始まりだったのかもしれません。
●峠を越えたあたりで、林の中に水芭蕉を見つけたので、車を停めて倒木がある林に入りました。近くに川が流れており、付近には鹿の糞や足跡が沢山残っていましたから、鹿の群れがよく立ち寄る場所のようでした。すると木の根元に一頭の鹿の骨を見つけました。頭蓋骨や脚の骨と思われるものが散らばっていましたが、大きさからいって子鹿のものと思われます。たぶん怪我をして、群れと一緒に行動できずに死んでしまったのでしょう。「自然って厳しいよね。これが現実なんだから・・・」と妻と話しながら、再び車に乗りました。しばらく行くと、車道のすぐそばで鹿の親子が草を食んでいました。子供の方は、先ほど見た骨格ほどの大きさでした。車の中から写真を撮りながら、「車に轢かれないようにね」と声をかけました。親子は、恐れる様子もなく、目の前を車が通るのを見ながら草を食べ続けていました。山の側には、鹿の食害を防ぐためか、長いフェンスがずっと続いていました。ですから、鹿の親子が草を食べることができるのは、そのフェンスと車道の間のわずかなスペースだったのかもしれません。我々には可愛らしく見える鹿の親子も、農家や森林の関係者にとっては、害獣になるのですね。
●鹿の親子に別れると今度は、道の両側が地平線まで見える牧草地に出ました。雪も消えて、耕した黒い土と芽生え始めたばかりの緑の牧草のコントラストが鮮やかでした。「この風景を見て自然と思うけれど、かつては開拓民が原生林を伐採して平地に造り変えた人工の土地だから、本当の自然とはいえないのだね・・・」と言いながら道の駅に着きました。さて昼食は何にしようかと売店に行くと「エゾシカバーガー」と飲み物しか売っていません。ついさっき見かけた鹿の親子と鹿の白骨を思い出して、鹿の肉のハンバーガーに一瞬戸惑いを感じましたが、でも他に食べるものないんだよね・・・ということで、2個注文しました。それを持って、高台に行きました。眼下には、かなり立派な設備をもっていそうな酪農ファームが見えました。農業の機械化は、後継者や他の労働力不足を補い、広い土地から効率よく収益を上げるためのものであり、また逆に高額な農業機械・設備の代金の支払いに追われるという構図があるそうです。
●眼下に広い土地をトラクターがゆっくり走っている様子を見て、あの農家は経営がうまくいっているのだろうかと、私が気にしてもどうしようもないことを考えながら、「エゾシカバーガー」にかぶりつきました。一瞬親子の鹿のかわいい目つきを思い出しましたが、なんと私の口から出た言葉は「うまい!」でした。鹿を見てかわいいと思いながら、一方には鹿の被害に会っているだろう農家のことを思う。また広い牧草地を見て美しいと思いながら、酪農家の経営について考えて見る。青い空の新緑が広がる風景の中で、エゾシカハンバーガーにかぶりついている私の頭の中は、何を考えて、どう言ったらいいのか、もうごっちゃごちゃでした。絵のような眼下の風景の中にも、様々な問題があり、その解決のためにいろいろな人たちが努力し、また意見の衝突もあるのだなと思いながら、少し曇りかけてパステル調になりかけた風景を見ていました。