| 2005年 6月 2日(木) |
敵は本能寺にあり
●あることばを、他のことばで定義づけるのは、簡単ではありません。その中でも「嘘」とは何かと定義づけるのも難しいのではないでしょうか。
辞書によると、「嘘」について次のように表しています。
1 事実でないこと。また、人をだますために言う、事実を曲げて、事実とは違う言葉。本当でないこと。
2 正しくないこと。誤り。間違い。
3 適切でないこと。望ましくないこと。すべきでないこと。
●このように挙げられると、なるほどそのとおりと思いますが、自分では嘘をついていないと思って言っても、他の人から「それは、嘘だ」と言われるような具体的な事例になると、判断が難しくなります。つまり1つの出来事があった場合、それを見る人の数だけ、事実がありそうです。またその事実と自分がある利害関係を持っている場合には、他の人を意図的にだまそうとしなくても、どうしても自分に有利な見方をしてしまうことになるでしょう。
●明智光秀は、「仏のうそを方便といい、武士のうそを武略という。」と言っています。彼は、主君である織田信長を、「敵は本能寺にあり」と襲いました。彼は、行動を共にした者たちに、これ以外のことばをもって、自分の行動の正当性を説明したことでしょう。仮にそのことばをある人は、「うそ」ととらえたかもしれませんが、彼の思いの中では、「武略」であるから正しいとされたことでしょう。ですからこの事件に関しては、明智光秀が嘘を言ったかどうかは定かでありませんが、1582年6月2日、織田信長は、京都市本能寺にて滞在中、光秀に攻められて自害をしました。
●ちなみに聖書には、「偽りを言う者」は、地獄に行くと次のように書かれています。
◆「おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、“火と硫黄との燃える池(地獄)”の中にある。これが第二の死である。」(ヨハネ黙示録21:8)