| 2005年 8月 3日(水) |
新渡戸稲造
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●今日は、五千円札でもおなじみの新渡戸稲造(1862〜1933)の誕生日です。彼は、北海道大学の前身である札幌農学校の第2期生として入学しています。初代教頭のウイリアム・S・クラークは、すでに帰国していましたが、2代目教頭のホイーラーもクラークの精神を引き継ぎ、キリスト教による教育を行いました。それによって彼は、「イエスを信ずる者の誓約」に署名して、キリスト教の洗礼を受けました。この札幌農学校時代に、彼はその後の生き方を定める合理主義・自由主義・国際人としての基礎を培われました。彼と同期の二期生には、後に思想家となる内村鑑三、また植物学者の宮部金吾等がいました。彼らは「札幌バンド」と呼ばれ、北海道開拓のみならず、その後の日本の発展に大きな影響を与える人物となりました。
●新渡戸稲造は、その後、「太平洋のかけ橋」になりたいとアメリカに留学、またドイツへの留学を経て、札幌農学校の助教授として帰国しました。しかし札幌時代に夫婦とも体調を崩したので、カリフォルニアで転地療養をすることになり、この間に名著となった『武士道(BUSHIDO-THE SOUL OF JAPAN)』を英文で書きました。ちょうど日清戦争で日本が勝利した直後でしたので、日本および日本人に対する関心が高く、世界各国語に訳されてベストセラーとなりました。彼は、国際連盟事務次長としても活躍し、また日米戦争を回避するためにアメリカに渡り、日本の立場を訴えましたが、結果は実りませんでした。
●彼の著書の中に、次のようなことばがあります。
「私は、悪いということが証明されない限りは、すべてのことを善意に解釈する。このように善意に解釈すれば、嫌だと思った人に対しても不愉快な念が消える。」
「怒る動機と理由、怒気を発する方法によっては、悪くないことがある。私は、自分の利害に関係しないこと、または自分以上の主義のために怒ることであれば、それは正当な理由から出た正しい怒りであると思う。国家の問題とか、社会全般のためとかいうことは、自分の利害を離れている。その怒りは、慷慨(こうがい)とか愛国心とかになって現れてくる。このような高尚な怒りはもっと多くあってさしつかえない。」