| 2005年 8月 9日(火) |
原爆
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●今日は、長崎で60回目の原爆の日を迎えます。2年前の8月の暑い日に、妻と初めての長崎を訪れました。長崎は、私にとっては、自分の体に合う大きさの街とでもいう感じの落ち着いた街でした。でも所々に残されている原爆の傷跡を見る度に、原爆が落とされた瞬間を想像しましたが、今なお街全体が言いようのない傷を負っているように感じました。特に原爆の猛烈な爆風によって片方の柱をもぎ取られた山王神社の一本柱の鳥居は、今は回復した人々の生活の場に同時に立っていたので、それだけに強い印象を与えました。
●アメリカでの原爆製造は、ドイツや日本との長引く戦争を終結させるために必要であったのかどうかという論議が、毎年なされますが、これには結論が出されることはないでしょう。また大量の核を持ちながら、他国が新しく持つことを許さないという大国の論理も、なにかしっくりしません。勿論、私は他の国にも新しく持たせるべきだと言っているのではなく、すべての国が持つべきではないと考えます。しかし人類が、一度、最強と思われる力を手にした時に、その力を世界中から同時に放棄しようとすることは、人類がその製造法を記憶の中から忘れ去らない限り不可能です。ですからせめて、毎年のこの時期に、人類のおろかさを確認することを考える時を持つことは、重要です。
●2年前に、長崎の原爆記念館で、当時の体験談を床に座って聞き入っていたたぶんアメリカ人と思われる複数の若者の姿が印象的でした。今までの国定教科書の日本の歴史観について「自虐的」だと批判する人たちもいますが、たとえ自虐的であったとしても、日本が被害を受けた部分だけでなく、加害者として他国に与えてきた傷についても、それがどのようなものであったのかを確認する勇気を持つ若い人たちが生まれてきて欲しいと思います。そして自国の利益という立場からだけではなく、人類の存続という更に大きな視点から考える人々を、世界いや地球は必要としているのではないでしょうか。