2006年 12月 19日(火)

殉教

●1596年の今日、12月19日、日本のキリスト教信者20人とバテレン(宣教師)6人が、豊臣秀吉によって京都と大阪で捕らえられ、長崎に連れて行かれて殉教しました。日本には1549年に、フランシスコ・ザビエルによってキリスト教が伝えられましたが、当初、彼が伝えたカトリックの教えは、新しい仏教の一派のように思われていたこともあり、多くの人たちが受け入れました。また時の為政者であった織田信長は、浄土仏教勢力と対抗するためと、海外の情報を知る方策として、キリスト教に対して寛容でした。その後信長の後継者であった豊臣秀吉は、1587年にキリスト教の禁令を出し、宣教師の国外追放を命じました。更にその2年後に、京都のキリスト教寺院を焼いたりし、次第にキリスト教徒を捕らえて処刑するという方向に動くのです。そして26人の殉教につながります。
私も数年前、長崎を訪問しました。そして踏み絵や隠れキリシタンのマリア像を見ながら、自分が当時生きていたらどのような態度を取ったろうかと、遠藤周作の『沈黙』の場面を思い出していましたが、結論は出ませんでした。