2006年 3月 16日(木)

ガセネタ

●『ダ・ヴィンチ・コード』をお読みになった方もいらっしゃると思いますが、「バイブル・コード」ということばと共に、天才ダ・ヴィンチの絵には隠されたコード(暗号)が含まれているとか、聖書にも隠された暗号があるというテーマは、多くの人の好奇心をかきたてます。それはスターやタレントの私生活に興味を持つ感覚と似ています。一般に知られていないニュースを知ると、自分は他の人より知的で賢くなったように思います。その感覚は、先日来のメールの“ガセネタ”に振り回された国会議員も同様です。
●特に聖書に関する暗号解読というたぐいは、今の私たちの時代とはかなり時間が経過していますから、メールの発信人を特定するようには、関係する資料について検討することはできません。ですから聖書以外の資料を持ち出して、聖書には隠されたメッセージがあるとしている本には、かなり危険な点が含まれていることに注意しなければなりません。なぜなら聖書の記述がすべて正しいと証明する基準がないように、聖書を否定する証拠となる聖書以外の資料が、いわゆる“ガセネタ”であるかどうかを検討する手段もありません。聖書を信じる人も、聖書を否定する人も、どちらもその立場の信仰に立っているのです。
●特に気をつけなければならないのは、聖書以外の資料を持ち込む人は、その資料を正しいと“仮定”して論を進めるのですが、その“仮定”の上に次の“仮定”を積み重ねていくのが普通です。するとその回数を重ねていくにしたがって、“仮定”は“仮定”の枠から外れて、あたかも真実であるかのようになってしまいます。キリスト教の“異端”とされるグループの印刷物には、このような手法がよく使われます。
●では、人はなぜこのような泥沼にはまり込むのでしょうか。
聖書は、次のように言っています。
◆「善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:17)
ここでは、善悪を判断するのは神ではなく、人間自身であることをいっています。つまり人が、神を基準として生きるのではなく、自分が正しいと信じることを基準として生きるならば、命の根源である神から離れることになり、それは永遠の死である地獄に行くことになるというのです。しかも最初の人間は、神から禁じられたこの道を選び、人は生まれながらに地獄に繋がる性質を持っていると聖書は語っています。
天才ダ・ヴィンチや聖書に、隠されたコード(暗号)があるというのは、このような性質を持った人間が受け入れやすいテーマですが、結局はこれの道を歩むならば「善悪の知識の木の実」を求める行為を進めることになります。あなたを神から引き離す“ガセネタ”に注意しましょう。