| 2006年 3月 2日(木) |
東風
![]()
●「どこかで春が 生れてる どこかで水が 流れ出す どこかで雲雀(ひばり)が 啼いているどこかで芽の出る 音がする 山の三月 東風(こち)吹いて どこかで春が うまれてる」
これは、小学校の頃に耳にした歌ですが、その時は、「東風」を「こち」なんて読むことを知りませんでしたから、「こち」は、「こっち」だと思って、春風があっちにも、こっちにも吹き始めると、春が来るのだと思っていました。それで「・・・山の三月 こっち吹いて あっち吹いて・・・」と歌っていたのを思い出します。「兎追いし 彼の山・・・」を、「兎美味し 彼の山・・・」と思っているのと同じです。
●聖歌の中にも、「東雲」を「しののめ」と読んで、明けがたを意味する歌詞がありますが、このようにだんだん文語体を理解することが難しい人々が多くなってきたためか、時々新しい歌詞となった聖歌に出会うことがあります。でも私はそれを聞いて、なにかしっくりこないという感じを持つことがあります。それは、私も年をとったからなのでしょうか。分かりにくい言葉は、その時代に合った分かりやすい言葉に変えるのが良いのか、あるいは分かりにくい言葉でも、そのままの言葉で覚えるべきなのか、ちょっと判断に迷うこの頃です。