2006年 3月 28日(火)

内村鑑三のことば

●今日は、札幌農学校でクラーク博士の影響を受け、福音主義信仰に基づく日本独自の無教会主義を唱えた内村鑑三が、1930年(昭和5年)に天に召された日です。彼は、新渡戸稲造、宮部金吾らと同期であり、キリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者として日本人に精神的に大きな影響を与えた人物です。
彼のことばからいくつかを紹介します。

・「われ、わが神を見失うて、われは死せると同然なる者となるなり。われの愛する者、われの恋い慕う者、われの生命よりも貴き者はわが神なり。」

・「キリスト教はキリストの教えたもうた道徳ではない。・・・またキリスト教の聖書の中に含まれているところの人生哲学でもない。・・・キリスト教はキリストである。父の右に坐して宇宙を統べたもう、生きたるキリストである。彼の神性、彼の神能、彼の神知そのものである。キリストは霊的宇宙である。彼御自身がキリスト教の本源であって、またその終局である。」

・「道徳は外を謹むにあり、信仰は内を充たすにあり。内部の欠乏を補うに外部の修飾をもってする、これを道徳と言い、内部の充実をもって外部に光沢を加う、これを信仰と言う。・・・道徳は抑圧なり。信仰は放射なり。道徳は機械なり。信仰は生命なり。道徳は信仰のまねにして、その一時的代用たるにすぎず。」

・「ギリシャの哲人は教えていわく、“自己(おのれ)を知れ”と。されどもわれ、・・・いかにして自己を知るを得んか。キリストを知りてのみ初めて自己を知るを得るなり。キリストは神の示顕者にしてまた各人自己の示顕者なり。キリストによりて、われはわれの何たるかを知るなり。」