2006年 4月 10日(月)

切らずによかった

●2月20日の日記に書いた出来事の続きです。そこには、昨年10月から4ヶ月以上、枯れ木と思っていた鉢植えの木が、小さな芽を出した驚きを書きました。実は、その木は、たぶん土の中では一つになっていると思われますが、地上では2本の幹を持っていました。2ヶ月前に芽を出したのは、一方の幹だけで、もう片方は枯れ木のままでした。それで枯れ木の方を切ろうと思いましたが、2本の幹が対になって1本の木のように見えていましたから、1本だけだとバランスがとれないと思いながら、いつ切ろうかと考えていました。ところが、ところがです。なんと今朝見ると、幹の土に近い所から5ミリほどの若芽が生えているのです。枯れ木と思われていた木が、半年経って芽を出したのです。2ヶ月前に芽を出した方は、もう15センチほどの枝となって、何枚もの葉をつけています。ああ、切らなくてよかったというのが実感でした。
●ルカの福音書に次のようなイエス様のたとえ話がありますね。
◆イエスはこのようなたとえを話された。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。実を取りに来たが、何も見つからなかった。そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年もの間、やって来ては、このいちじくの実のなるのを待っているのに、なっていたためしがない。これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか。』番人は答えて言った。『ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから。もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』」(ルカの福音書13:6-9)
私たちは、他人の働きを見て、簡単に良い悪いの評価をしてしまいます。しかし神様は、私たちに忍耐を持って待ち、期待しておられる方なのです。もし神様が私たちのようなせっかちな判断をされる方であるなら、私たちは簡単に地獄行きと決定されたに違いありません。他の人に対して、神様の寛容さを持ちたいと思います。