2006年 4月 18日(火)

庭師の雪囲い

●今日は、庭の木々の雪囲いを外す作業を義父と行いました。「竹と縄から、やっと解放された」という庭木たちの声が聞こえてくるようでした。それでも1本のオンコは、雪の重みで頭の部分を折られ、松は同じく腕を骨折していました。そこで私は作業をしながら、こんなことを考えていました。
●人は、誰でも他から制限されずに自由でありたいと思います。特に若い時は、思いや行動に制限を加えられると、その内容が自分にとってどんな益をもたらすかを考えるよりも、制限されているということだけで、反発してしまいます。
ちょうど庭の木々が、雪の重さに耐えるために、竹の支えと縄で縛られるように、制限が加えられるということは、一見不自由で苦しい状況に置かれますが、しかし冬という困難な時期を過ごすためには、知恵ある庭師が用意した最善の方法です。
神は、私たちを守るために、特にその人の信仰が弱い時に、多くの支えと危険な状況に迷い込まないように制限を与えて、困難な状況に備えます。そして春が来ると、支えと制限が除かれて自由を与えられますが、その時には、折れることない信仰に成長しているのです。竹や縄は、神の制限のようですが、それによって作られる雪囲いは、神の保護です。思いや行動の制限は、それが知恵と経験が豊かな庭師である神によって与えられたものであることを知る人は、信仰の成長した人であるということが出来るでしょう。